4 教育 ~緑の月 星曜日~ ⑤フェロー夫人
「皇女殿下、お急ぎでしたらわたしがお返事を届けてまいりましょう」
しばしのち、アレイナの話を聞いて、トゥルクが申し出てくれた。
「ありがとうトゥルク、助かるわ」
「こちらこそ、お役に立てて光栄です」
彼は、セレンディーナの声がする方へ、律儀に騎士の礼をとる。
「これで何とかなりそうですね」
「えぇ、失礼な事にならずに済むわ」
ホッとしたマルセイが、急いで取り出した手紙セットで招待状の返事を書き始める。
セレンディーナは念のため、薄布をかぶせ湯浴み用の衝立ての向こうのソファに座っていた。
それらを確認して、合間に出来るだけの事をしようと、マユーラがトゥルクにお茶と自分の向かいの席を進める。
「トゥルク殿、宰相夫人のミスティーナ様が、どんな方か教えてもらえませんか? 明日の茶会のお話の準備の為に聞いておきたいのです」
「わかりました、そうですね……、まずは、知っていらっしゃらないかと思うのでお伝えしますが、ミスティーナ・フェロー夫人は、この国の元王女さまです」
「……っ!」
「えっ?」
「えっ? ……元、王女さまなのですか?」
あまりの事にまた固まってしまい、思い思いの声を上げてしまった。
招待状、直ぐに確認出来て本当に良かった。情報規制の弊害が多すぎる。さっきから胆が冷えっぱなしだ。
取りあえず、トゥルクから聞けることを出来るだけ聞かなければと、姉妹で頷き合った。
「あの、何番目の御子で? レチアーノ王妃には四人の御子がいらっしゃった? ……のでしょうか?」
直接年齢を聞くのも失礼かと思い、質問を湾曲する。更に遠回しだが側室がいたのかも確認してみた。
「はい、アドルフィン王子殿下の後にお生まれになった、王女殿下です」
「アドルフィン殿下は、今御いくつなんでしょう? 姫さまとの年齢差が気になりますね」
「アドルフィン王子殿下は確か……、二十四歳、フェロー夫人は二十一歳、フェルテス王子殿下が十九歳、レイナード王子殿下が十七歳だったでしょうか?」
トゥルクが気を回してくれたのか、殿下達全員の年齢を教えてくれる。身体が弱かったのに四人も産んだのは、側室かいなかったせいだろうか?
アドルフィン王子殿下が思っていたよりお若くて助かったと、侍女二人は思っていた。
セレンディーナの本当の年齢は十三歳。ひどく離れている訳ではないが、偽りの年齢の十六歳ならば、どの王子殿下とも丁度良かっただろう。
「フェロー夫人は、どんなお方なのかしら? お好きなものとかトゥルクはわかるかしら?」
お茶で一息着いたセレンディーナが、ワクワクした声で衝立ての向こうから質問する。
「ん~……、王女殿下時代は、明るくて快活で、下の者にも気さくな御方でしたよ」
「快活?」
「はい、外遊びがお好きで、ピクニックやガーデンバーティ、翼竜に乗って良く遠出をなさっていました」
「えっ?」
王女が、騎士でもないのに翼竜に乗って遠出? 自分の宮殿からまともに出たことさえなかったセレンディーナは、文化の違いに衝撃を覚えていた。
「ドルディア王国では、わたしも翼竜に乗れないといけないのかしら?」
困惑してしまう主の声に、お転婆王女殿下に驚いていた二人がトゥルクへ、抗議のやや冷たい視線を向けた。
「えっ、あぁ、……えぇっと! ミスティーナ王女殿下が特殊な御方だっただけで、王族の女性や貴族の女性の移動はもちろん、翼竜の籠と馬車ですよ?」
「そう……、でもずっと、お部屋やテラスで刺繍や本を読んでいたわたしと、話が合うといいのだけど……」
元王女と聞いて、読んだ物語の話を楽しくしてみたいと言うセレンディーナの期待が、見事にしぼんでしまったようだ。
「フェロー夫人は、おいくつでご結婚されたのでしょうか?」
落ち込んでしまった姫を気にしつつも、お転婆王女殿下がいつ頃落ち着いたのか、マルセイは侍女として聞いておきたかった。
「確か……、十八歳の頃だったかと」
「やはり政治的降嫁だったのでしょうか?」
「……いいえ、本当は、他国の王族との婚姻を検討されていたと聞きましたが……」
そこまで言ってから、ハッとしたトゥルクが言いにくそうに下を向いてしまった。
「……?」
まだ驚くような逸話をお持ちなんだろうか? 侍女二人は顔を見合せてから、トゥルクを覗き込む。
「トゥルク殿?」
「言いにくい事でしたら、その辺のお話はフェロー夫人に触れないよう、姫さまに伝えますが?」
「い、いいえ! 知らないと大変なことになりますので……」
「タイヘンなコト?」
変な言い回しに、二人は首を傾げる。嫌な予感しかしないが、聞かない訳にもいかないようだった。
「……ミスティーナ王女殿下は、成人のお祝いの式典にて、フェロー宰相に一目惚れなさいまして……」
「……まぁ」
「それは、それは……」
言わずもがな。侍女二人は、事の顛末をだいたい察してしまい。遠い目で天井を仰ぎ、棒読みでつぶやく。
「姫さまの大好物な物語が聞けそうですね……」
「そこは今聞かず明日触れてもらいましょう」
「えっ、……はい?」
訳が分からずキョトンとするトゥルク。目の前の侍女二人の渋いリアクションに話してもいいのか、躊躇する。
「えっ? トゥルク? ……その後はどうなったのかしら?」
案の定、続きをねだるセレンディーナの声が向こうから響く。マルセイは、トゥルクに片手で話さないように『待て』と制した。
「セレンディーナ様、この続きは茶会で聞きましょう」
「えぇ~っ、でも気になるわ」
「本人から直接聞く方が、詳しく聞けてきっと楽しいですよ?」
侍女二人が何度も聞きたくないと言うだけだったが、そんな事はお首にも出すわけにはいかない。
「うっ、……そうね、それならそうするわ」
トゥルクは心配になって『あの、ミスティーナさまの惚気が大変長いのですが、大丈夫でしょうか?』と確認しが、二人の侍女は、張り付いたような笑顔で『問題ありません』と姫に聞こえない声で返した。さすが姉妹息ぴったりである。
「フェロー宰相はどんな方なのでしょう?」
「この国の政務の要、無表情な方ですが、大変優秀な方です」
「無表情? さっきの文官を思い出してしまいますね」
「あぁ、そうでしたすみません、ディアロア・フェロー宰相は、モルフェンの年の離れたお兄さんなのです」
「……まぁっ!」
「ご兄弟でしたか」
フェロー夫人の義理の弟。それで招待状を頼まれたワケだ。
こうして、出来上がった茶会の招待状の返事をトゥルクに持って行ってもらい、皇女殿下の面目は何とか保たれた。




