4 教育 ~緑の月 星曜日~ ①無表情天然ボケ文官
五の鐘が鳴った――
「失礼いたします」
また色の違う文官のお仕着せを着ている男が、皇女殿下の部屋の戸口に立った。藍色の髪を短く切り揃え無表情に空中を見据えている。
「本日より日替わりで皇女殿下の教育を担当させて頂きます、文官のモルフェンと申します、今日から宜しくお願い致します」
来ると言う知らせを誰からも受けていなかったので、マルセイはあわててセレンディーナをベッドへ押し込み布をかぶらせ、湯浴み用の衝立をベッドの前に置いて客人を迎えた。
「教育ですか? どなたからも伺っておりませんでしたが?」
「……ん? もしかして」
マルセイの遠回しな抗議に、モルフェンは頭をひねったまま立ち尽くしてしまった。
「……モルフェン殿?」
人形のように動かなくなってしまったモルフェンに困り、彼の目の前に手をかざして振ってみる。
「……あぁ、失礼いたしました、恐らくわたしがガスピエスにスケジュールを出しそびれてしまったようです」
「……はぁ?」
大丈夫だろうか?
部屋の中にいるガレジア側の誰もが、心の中でそう思ってしまった。
持っていた厚めの本の間から、モルフェンが出しそびれたと言うスケジュールが書かれた紙をマルセイに手渡した。見ると……。
本日より、雨曜日と成婚の日以外の五の鐘より六の鐘まで、日替わりで文官が訪れ、セレンディーナにドルディア王国について教育を施してくれるようだった。いわゆる未来のお妃教育だ。
その日替わりを務める文官が、今いるモルフェンと第一王子筆頭文官のキルディスと第二王子筆頭文官のマシェロス。
もしかして? ……イヤ、もしかしなくても。
「つかぬことをお聞きしますが、モルフェン殿は第三王子殿下の……?」
「あぁ……はい、そうです、わたしはレイナード王子殿下の筆頭文官です」
「……っ」
本当に大丈夫だろうか?
マルセイとマユーラは一瞬顔を見合わせてから、この天然無表情野郎を見つめた。
伝達事項の伝え漏れ、会話のパターンがズレていて読みにくい。こちらから聞かなければ、第三王子の筆頭文官であることさえ口から出て来ない男だ。
コレが、第三王子殿下の筆頭文官?
配慮と言う文字を、羽ペンでグリグリと顔に書いてやりたい気持ちになった。
こちらの事情とは言え、ドロップスをなめていないセレンディーナが、最短でも授業を受けるには鐘半時以上かかるのだ。
「そうですか、……足を運んで頂いて大変申し上げにくいのですが、明日からにしていただいてもよろしいでしょうか?」
「と言うのは……?」
「昨日の夜会で、皇女殿下が少し体調を崩していて、今日は授業を受けられない状態なのです」
「あぁ、大変失礼いたしました、それではこちらをお読みになって覚えてくだされば、本日の授業は問題なく終わった事に致しますので……」
「恐れ入ります」
受け取った紙には、綺麗に描かれたドルディア王国の地図。領土ごとに線引きされ領土名と城と領主の名前。別紙には領土名とそこの特産品が丁寧に記されてあった。
「ありがとうございます、皇女殿下に渡しておきます」
「こちらこそ重ね重ね大変失礼いたしました、皇女殿下のお早い回復を治癒の神レヴェッタに祈らせて頂きます」
「ありがとうございます」
「では、明日はキルディスが伺いますので」
退出の礼をとり、モルフェンは部屋を後にした。
ドアが閉まり、しばらくしてマルセイとマユーラが同時に盛大なため息をついた。
「……っ、なんなんでしょう? アレは」
「こちらを試しているにしても、色々抜けすぎですよねぇ?」
「アレで第三王子の筆頭文官とは!」
「第三王子まで、抜けたヤツかと心配になりますったら……」
怒るマルセイに、呆れるマユーラ。二人のやり取りにクスクスと笑いながらセレンディーナがベッドから下りて来て、モルフェンにもらった今日分のお勉強の紙を手に取る。
「あら、キレイな地図と字ね」
ドルディア王国の地図も細かく、領土を区切る線も、とても丁寧に描かれていて分かりやすい。
これを見る人への愛情のようなものが感じられた。モルフェンが幼い頃の第三王子の為に描いたものではないだろうか? とセレンディーナは想像してみる。
「確かにキレイですねぇ」
「けれど、天然ボケの伝達漏れは解せませんが」
マルセイは予測できない相手は苦手らしい。確かに、今の皇女殿下側には突発的な予定変更は対応しがたい。それこそこちらの勝手な事情ではあるが。
「ふふ……、でも、おかげで今日はドロップスを飲まなくても良さそうで、嬉しいわ」
「そうですね、公の用事はなくなりましたし、姫さまにとってはあの天然ボケ文官に助けられましたね」
「……」
何か言いたそうな顔をした後、マルセイはあきらめて息を付く。
「失礼いたします! 文官モルフェンが、再度入室を希望して来ました」
えっ? と三人同時に顔を見合わせた。




