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3 夜会 ~緑の月 花曜日~ ③ファーストダンス


***



『第二王子フェルテス殿下、並びにガレジア帝国第七皇女セレンディーナ殿下、ご入場』



 迎賓館の大きな扉前に立つと、受付担当の文官が会場に響くようにフェルテスとセレンディーナの入場を知らせた。


 すでに来場していた貴賓の面々が、一斉に二人に視線を向ける。


 謁見とはまた違う人々の好奇な視線に、セレンディーナは緊張と警戒を覚えた。全身に小さな震えが走り、身体が固くなったような気がする。


 こんな状態で、ダンスを上手く踊れるだろうか? と不安に駆られた。



「セレンディーナ姫?」


「あっ、はい?」



 不意に名を呼ばれ顔を上げると、心配そうに彼女を覗き込むフェルテスと目が合った。不安と緊張が、エスコートされた手から、伝わってしまったのだろうか?



「実は、セレンディーナ姫にお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」



「……っ?」



 穏やかな表情のまま、お願いを申し出された違和感に、セレンディーナは少し困惑した。



「……は、はい、わたしに出来る事でしたら?」


「良かった、……実は、私事で恥ずかしいのですが、あまりダンスが得意ではないのです」


「……っ!?」



 どう反応していいのか、セレンディーナは分からずフェルテスの顔をまじまじと見つめてしまった。


 公式の場で? 練習は? ダンスが苦手なのに、貴方はどうして今日この場にいるのでしょう? ……とは、さすがに聞けない。



「わたしが貴方の足を踏まない様に、一緒に三拍子を口ずさんで欲しいのです」


「……、はい?」



 聞き違いかと思い、淑女らしからぬリアクションを返してしまう。



「そして、一緒にこう思って頂きたい、ここはココ芋畑で、周りにはココ芋だらけ」


「……、ぷっ!」



 青空の下、ココ芋畑で三拍子を口ずさみながらフェルテスと踊る自分を、頭の中で想像してしまい、セレンディーナはつい吹き出してしまった。


 こんな大勢の前で、吹き出して笑ってしまうだなんて……。


 淑女らしからぬ自分に、あわてて口元を押さえるが、どうしても笑いがおさまらず身体が震えてしまう。



「これでわたしの緊張もなくなり、なんとかダンスが踊れるかと思うのです、お願い聞いてもらえますか?」



 困った風でもなく、先ほどと同じく穏やかな口調。……もしかしたら、わたしの緊張を和らげようと言ってくださったのかも知れない。



「うふふ……、わかりました」


「良かった、ありがとう」



 もう、周りの視線を気にして固まる事もなくなった。



 エスコートを受け、二人で国王に挨拶しにゆく。セレンディーナは、夜会を開いて頂いた謝辞を述べた。



「此度(こたび)は、私(わたくし)の為に夜会を開いて下さり、ありがとうございます」



 ドレスの裾を持ち、ゆっくりと最上級の礼をとる。サラリと揺れる美しいドレスと同じ、青緑色の瞳をお互いに見合わせた。


 謎かけのような国王の言葉の真理に、近付けただろうか?


 国王は、寂しそうにセレンディーナのドレスを見つめ微笑んだ。



「あぁ、懐かしい……、再びこの装いを見る事が出来て嬉しく思う」



 引っ掛かっていた、国王の言葉をきちんと突き詰める事が出来て良かったと、セレンディーナはホッとする。



「メルテン侍女長に思い出を伺い、知り得ました」


「……そうか、拙いからこそ残る、数々の物語よ」


「いつかその、素敵な物語を知り得たいと存じます」



 フッと、自嘲的に国王が笑う。



「そうだないつか……、だが、新しい物語は若き光に任せるとしよう、懐かしき光を纏う蜂蜜色の聡い小鳥に、青緑の祝福があらん事を」



 青緑の祝福…――



 ドレスの色を言ってくれたのだろうか? それとも同じ瞳の色の事だろうか? 意味のある言葉と感じる。セレンディーナは、また国王の言葉に捕らわれる。



「ありがとう存じます、国王ウォルフ・ガング・ドルディア様に、光と影の祝福があらん事を」


「ん……、セレンディーナ姫、今宵は存分に楽しんで欲しい、白金の……、フェルテス頼んだぞ」


「畏まりました」


「ありがとう存じます」



 国王への挨拶が終わると、会場に微かに流れていた楽器の音色が、ダンス用の曲調にゆっくりと変わってゆく。


 帝国から来た花嫁の為の選曲だろう。昔から神大陸で愛されている、ダンスと言えば王道の曲だった。


 フェルテスにエスコートされて会場の中央へ進み出る。最初の曲で踊るのは二人だけらしい。


 大勢の貴賓が見守る中で、穏やかに微笑むフェルテスが、セレンディーナにダンスを乞う為に手を差し伸べた。



「セレンディーナ姫、一曲お願い出来ますか?」



 緊張など微塵も感じられない。生まれながらの王子様だった。



「喜んで」



 セレンディーナが差し伸べられた手に自分のを重ねると、流れる曲に合わせるようにフェルテスは彼女の腰を引き寄せて「三拍子ね」とウインクしてから踊り出した。


 そのお陰で、セレンディーナは先程のココ芋畑まで思い出してしまい、破顔一笑。貴賓の方々の前で、淑女らしからぬ笑顔をさらしてしまい、三拍子ドコロではなくなってしまった。



「フェルテス殿下、からかいましたね?」



 やっと笑いがおさまって、ダンスも曲半分は踊った頃。苦手さの欠片も感じない彼のダンスに、表向きの苦情を述べてみる。


 緊張をほぐす為だったとは言え、大勢の貴賓の前で破顔してしまった恥ずかしさが勝っていた。



「失礼致しました、畏(かしこ)まった帝国の花嫁の、意外な一面が見られて皆得をしたと思いますよ?」



 初めて会ってから、全く崩れる事のない穏やかなフェルテスの笑顔に、悔しくて顔が熱くなる。


『才知に長けた、穏やかな方』彼の筆頭文官マシェロスの言った通りだった。


 緊張せずにダンスを踊れているのも、我慢出来ずに笑ってしまったのも。全てフェルテスの思惑通り。


 セレンディーナは、自分が彼の手の上で転がされているように感じた。





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