3 夜会 ~緑の月 花曜日~ ②第二王子
七の鐘が鳴った――
エスコートする予定だった第二王子フェルテス殿下は、先ふれで少し遅れると説明を受けた。予期せぬ政務が入ってしまったらしい。
セレンディーナは緊張しつつも息をついて椅子の背もたれに身を預けた。
「セレンディーナ様、お茶を入れますが飲まれますか?」
「そうね……、お願いするわ」
マルセイとマユーラは、主の言葉を待って、急ぎ湯と茶器の用意を始めた。さすが待ち合い室なだけある。様々な茶器と湯沸かし場がすぐ隣に用意されていた。
棚一つに茶葉が所狭しと並んでいる。選ぶのも楽しいが、これだけあると一苦労だろう。棚の扉に鍵があり、使用しない時の管理が見えて好感が持てた。
侍女二人は、念のため部屋から持って来た茶葉にしようか悩む。
五の鐘半時前にドロップスを飲んだ。
六の鐘過ぎに、侍女長メルテンとリラ、マルセイとマユーラで、難しくも美しいドレスを着付けてもらい、髪を結い上げて化粧をいつもの様にほどこしてもらう。
ドロップスの為、ギリギリの支度でゆっくりする時間がなかったので、お茶の時間が取れたのは正直助かった。
この王国に来て初めて会う王子殿下。それも、いきなり夜会のエスコートだ。セレンディーナもつい緊張してしまう。
練習はしたけれど、この身体で一曲踊るのも大丈夫か心配だった。
「良かったら、気持ちの落ち着く青茶はいかがでしょう?」
先ふれに来た第二王子殿下付きの従者が、マルセイとマユーラに提案する。
「あら、青茶は珍しいですね、ありがとうございます」
「気持ちが落ち着くのはいいですね、……けれど新しいものは毒味を増やさなければなりません」
ドルディア側の侍女や従者達に、入国してから親切にしてもらっているだけに、これを言うのも躊躇してしまう。
けれど、気を抜いたらいけないのをマルセイもマユーラも経験上イヤでも知っている。
「では、わたしも毒味を致しましょう」
「えっ?」
「……よろしいのですか?」
気を悪くしていないばかりか、そちらから申し出てくれるなんて……。ガレジアの侍女二人は罪悪感を感じつつも、ホッとした。
変ないざこざにならないに越した事はない。
「ありがとうございます、助かります」
「いえいえ、では青茶の美味しい入れ方をお教えしましょう」
***
「……変わった香り、初めて飲むお茶ね?」
毒味を無事終えて、出された青茶の香りにホッと気持ちが和らぐのを、セレンディーナは、不思議に思ってマルセイを見た。
「青茶と言います、気持ちが落ち着くような効果のあるお茶ですよ」
「まぁ、青茶は物語に出て来た事があるけれど、飲むのは初めて、嬉しいわ」
なんとも言えない優しい香り、カップを寄せて香りを堪能すると、セレンディーナはゆっくりと青茶を口にする。
さっきまでの緊張が溶けてゆくような、やはり不思議な感覚だった。
「第二王子殿下の従者の方にお勧めされたんですよ」
「まぁ、そうだったの」
「あぁ、先ふれだったのでお名前を伺っていませんでしたね?」
マユーラの紹介に、マルセイがあわててその従者の方を見て名前を聞く。
これからセレンディーナの大事な人になるかも知れない方の従者だ。覚えておくに越したことはない。
「……っ、そうでした、皇女殿下の御前大変失礼いたしました、第二王子フェルテス殿下付きの従者、スワランと申します」
少し離れた場所に控えていたスワランは、あわてて一歩前に出て最大限の礼をとり、人懐っこい笑顔をセレンディーナに向けた。
こちらも文官マシェロスと同様小柄で、人好きのする雰囲気のある男だった。
「ありがとうスワラン、お陰で少し緊張が和らいだわ」
「姫さま!」
なるべく自室以外では、他の従者・騎士・文官と直接会話をしないようにと決めてあったのに。スワランの雰囲気の柔らかさに、セレンディーナはつい、素に近い表情で話しかけ、微笑んでしまった。
「あっ……」
マルセイに窘められ、あわてて口元を手で押さえても、皇女殿下の思わずこぼれた素の笑顔の直撃に、従者スワランは顔を赤らめながらも何とか返事を返そうと口をパクパクさせていた。
「よ、喜んで頂き、……タイヘン、恐縮でございます!」
姫さま付きのトゥルクと言い、侍女のリラと言い。どうやらドルディアの騎士や侍女・従者の人達は真面目で純朴な人が多いらしいと、マユーラは心の中でまた笑いを噛み潰した。
「皇女殿下、遅れまして大変失礼いたしました、ただいまフェルテス殿下がこちらにお見えになります」
ノックもそこそこに、待合室の扉が騎士によって開けられ、第二王子筆頭文官のマシェロスが、急ぎセレンディーナの前まで進み出て礼をとり、すぐさま部屋の隅に控えた。
開け放たれた扉を見ると。ドルディア王国の白い正装に身を包んだ成年が、二人の騎士を従えて、ゆっくりとセレンディーナの前まで歩いて来るのが見えた。
「……っ!」
着付けの時に、第二王子殿下はどのような人となりでしょうか? と侍女長メルテンとリラに聞いていた。
二人が教えてくれた、そのままの王子殿下がセレンディーナを真っ直ぐに見つめて歩いて来る。
物語に出て来る、王子様みたいだわ……。
サラリとした白金の、長く美しい髪を後ろで一つにまとめ、淡い水色の瞳がセレンディーナを見据えている。亡きレチアーノ王妃の生き写しのようなその容姿に、穏やかな雰囲気を纏っている美しい成年だった。
セレンディーナは彼を一目見た瞬間、息をするのも忘れてしまうくらい、フェルテス殿下を見入ってしまった。
セレンディーナのその視線に、フェルテスは、ふわりと微笑んだ後真顔に戻り、彼女の座る椅子の前で王族特有の礼をとった。
「セレンディーナ姫、政務が長引き遅れた事、大変失礼いたしました」
「……ぁ」
何か、言葉を返さなくてはいけないのに、上手く言葉が出て来ない。淑女らしく、きちんと話さなくては……。
焦って高鳴る心臓とは裏腹に、セレンディーナは、頭の中にあった淑女らしい言葉の数々が何一つ浮かばなくなってしまっていた。
「本日エスコート役を任された、ドルディア王国第二王子のフェルテスです、今日はよろしくお願いします」
穏やかな笑顔が、セレンディーナをとらえる。取り敢えず名乗らねばと、小さく深呼吸して、セレンディーナは微笑んだ。
「ガレジア帝国第七皇女、セレンディーナです、……政務ですから時間はお気になさらないで?」
何とか思いついた言葉を並べてみたが、上手く返せたのか自信がない。チラリとマルセイを見ると、力強く頷いたので大丈夫だったとホッとする。
「セレンディーナ姫が、優しい方で良かったです」
目の前で笑みを深めるフェルテスに、あれ? とセレンディーナは思った。
落ち着いて聞いてみると、フェルテス殿下の声、何処かで聞いた事がある気がする。定かではない、けれど。気付くと何処か落ち着かない気持ちになった。
「今宵は、貴女が夜会を楽しめるよう、エスコートさせて頂きまましょう」
差し出された手をとると、優しくもしっかりとした力で手を引き、セレンディーナを立ち上がらせてくれた。
そのまま、自然にエスコートの体勢を取り、セレンディーナを見下ろした。
「参りましょうか?」
「……はい」




