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3 夜会 ~緑の月 花曜日~ ①主愛重めな文官


 五の鐘が鳴った――



 ほぼ定刻通りに、皇女殿下の部屋のドアがノックされた。アレイナの開けたドアの前に、やや小柄で栗色の髪の優し気な雰囲気の男が立つ。


 文官のお仕着せなのだろう、ドルディア城筆頭文官ガスピエス、第一王子筆頭文官キルディスと、色は違えど同じ形の服を着ていた。



「皇女殿下の御前失礼いたします、夜会の打ち合わせに参りました、第二王子筆頭文官のマシェロスと申します、今日は宜しくお願いします」


「マシェロス殿、申し訳ございません、今朝も、皇女殿下の体調が思わしくなく、私どもが代わりに打ち合わせ内容を確認いたしますので」



 謁見の説明の時と同じく、姫を休ませようとまた、セレンディーナに布を被せてベッドにいてもらい、天蓋の薄布の前に衝立を置いた状態で彼を迎えた。


 夜会の説明をするのが第二王子の筆頭文官だった事に、ガレジア帝国側の全員が驚いていた。


 セレンディーナを品定めする為に、各王子の文官が順番に説明に来るのだろうか? それとも、別の意味が隠されているのか?


 生憎ドロップスの体調管理の為、文官には会わせられてはいないが……。



「わかりました、皇女殿下の体調が早く良くなりますよう、治癒の神レヴェッタにお祈り申し上げましょう」


「ありがとうございます」


「それでは、夜会の説明をさせて頂きます」



 形式的な見舞いの言葉を述べた後。優しげな笑みを浮かべて、羽ペンを持ったマユーラを一瞥すると、マシェロスは持ってきた資料に目を落とし説明し始めた。



「七の鐘より、ドルディア城の裏手にある迎賓館で夜会が行われます」



 分かりやすいようマシェロスは、ドルディア城の地図をマルセイに手渡した。


 その地図を確認すると、迷路のような道の数々と、戦を想定した城壁、武器や兵を当たり前に配置する事が出来る道の幅が見て取れた。


 まさに城塞と呼ぶにふさわしい城の地図だった。


 けれどこれは元敵国に見せられる程度の、表向きの地図に過ぎないものだろう。恐らくこれ以外に、たくさんの隠された道や部屋があるのだろうと推測出来る。



「こちらの迎賓館手前の待ち合い室に、時間になりましたらお越し下さい、場所はトゥルクに案内させましょう」


「わかりました」


「夜会でのエスコートは、第二王子フェルテス殿下が致しますので、そのお心づもりで……」


「……っ? ……は、い、……わかり、ました」



 第二王子フェルテス殿下?


 セレンディーナは、ベッドの上で初めて聞く王子の名前に、緊張して身を固くした。



 マルセイもマユーラもお互いに顔を見合わせて、何ともしがたい気持ちになった。


 お心づもりと言われても、昨日初めて王子殿下が三人いる事がわかったぐらいの知識なのだ。


 第二王子殿下の情報が一切なく対策のしようがない。前に立つマシェロスの顔を見上げ、マルセイは注意深く口を開いた。



「第二王子フェルテス殿下は、どのようなお人柄なのでしょう?」



 今日(こんにち)まで、婚約者である王子殿下が誰なのかさえ、知らされない状況なのだ。そうやすやすと教えてもらえないやも知れない。



「……そうですね、才知に長(た)けた、……穏やかな方でしょうか?」



 思い出すように首を傾げ、何の躊躇もなく教えてくれたのは拍子抜けだった。



「……っ、それは、素晴らしい方……ですね?」


「えぇ、そうなのです」


「……っ?」



 控えめに言いつつも。マシェロスの顔に、わたしの仕えている殿下が一番! と言う、従者ならでわの贔屓目が透けて見えてしまった。


 才知はあるのだろうが、どこまでかは本人を見た方が本当は良いだろう。……だが、今は対策の為に少しでも情報が欲しい。


 チラリと妹へ視線を送り、マルセイはゆっくりと頷いた。アイコンタクト、持っていた羽ペンと一緒に手を持ち上げて、マユーラはマシェロスを見た。



「マシェロス殿、フェルテス殿下はおいくつでいらっしゃるのでしょう?」


「殿下は御年(おんとし)十九歳になられます」



 第二王子殿下で十九歳だと、第一王子は二十歳以上で、第三王子はセレンディーナと同じくらいか少し上と推測で来る。と言っても、あくまでドロップスを飲んだ時のセレンディーナのことではあるが……。


 軽いジャブは答えてもらえたので、主(あるじ)大好き文官心をくすぐるような質問をマユーラはブッ込んでみる。



「……では、マシェロス殿しか知らない、フェルテス殿下は、どのように素敵な方なのでしょう?」


「……っ、それは! ……こ、このような場所で、おいそれと語れるようなものではございません、殿下の素晴らしさを、短い言葉では語りつくす事は出来かねます、例えるならば分厚い魔導書一冊で我々の出会いからの季節一巡りをなんとか綴り入れる事が出来るか出来ないか難しいくらいでございます、そう、あれは殿下が五歳の生誕祭を迎えた日、あのキラキラと輝いていた殿下の幼いながらも気品を感じる…―――」



 チーン


 しまった。やってしまった。


 文官マシェロスは予想以上のヘンタ……、イヤ主(あるじ)馬鹿だったようだ。


 しかも細かい、長い、ノンブレス。穏やかな笑顔の裏に隠した、かなりの神経質な性質だ。


 誰も語りつくせとは言っていないのに、更に続く。しかもこの場では語りつくせないとか言いながら、五歳の出会いから語り始めてるではないか。


 分厚い魔導書一冊じゃ足りないらしいお二人の昔話を聞いている時間はない。


 一向に終わりそうにない主愛(あるじあい)(出会いの五歳から)を、聞いているような顔で聞き流しながら侍女二人はアイコンタクトを交わす。


 まさかの情報収集失敗である。


 仕方なく、小さく息を付いたマルセイが、すぐ後ろの壁の棚に、彼が持って来ていた資料の山のバランスをワザと魔法でトンと崩してみせた。


 バサバサバサ―ッと、大きな音を立て床に散乱する資料に『あり得ない!』とマシェロスは呆然と立ち尽くす。



「まぁ、タイヘン」


「お手伝いしましょう」



 二人の侍女が素早く駆け寄って、散乱した資料たちを広い集める。



「あぁ……、申し訳ない、ありがとうございます」



 マシェロスは我に返って自分のすぐしたの資料を集め、マルセイとマユーラの拾ったのも受け取り、几帳面にその場で並べてゆく。さすがの神経質さまだ。



「……申し訳ありませんでした、何処まで話したか……」


「いいえ、助け合うのも侍女の仕事のうちでございます」


「マシェロス殿、夜会の時とフェルテス殿下のエスコートのお話の途中でした、殿下についてのお話も、ありがとうございました」


「……、あぁ、……そうでした」



 にこやかに軌道修正する二人に、言いたそうな何かを止めて、マシェロスは穏やかな笑顔を張り付けた。



「七の鐘が鳴りましたら、フェルテス殿下が皇女殿下をエスコートし、ダンスを一曲踊りますので、それより前に待ち合い室に宜しくお願い致します」




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