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Democratic Empire 〜民主帝国の皇帝〜  作者:
エスターライヒの残像
6/11

崩壊と前進

 それは、ロニーが予測した通りの崩壊だった。しかし、速度だけは予測を超えていた。

 グラウからの報告書が、大統領府の執務室に積み上がっていた。ロニーはそれを一枚ずつめくりながら、静かに読んでいた。

 ナポリ帝国北部、ゲルマン民族居住区にて武装蜂起。分離独立派が議会を占拠し、「ゲルマン民族社会主義共和国」の建国を宣言——

 同時期、バルカン半島周辺地域にて複数民族による独立運動が連鎖。バルカン半島地域が合流し、「ハンガリア国」として独立を宣言——

 ロニーはそこで一度、ページをめくる手を止めた。

「ハンガリア国」

 声に出して読んだ。

 これは、計画にない。

 ハルトが向かいに座っていた。「想定外か」

「ゲルマンの独立は想定していた」ロニーは言った。「しかしハンガリア国は——五民族が同時に動くとは思っていなかった」

「予想以上だな」

「予想以上だ」

 ロニーは報告書を置いた。それから、静かに笑った。

「しかし——悪くない」

 ハルトが苦笑した。「お前の『悪くない』は、大抵『最高だ』という意味だな」

「そうかもしれない」

 ロニーは次のページに目を移した。

 ヴァルク連邦共和国に対し、同盟加盟国がテロ支援国家として批判声明を発表。ナポリ帝国との外交関係は完全断絶——

 ヴァルク連邦共和国内、中央アメリカ地域にて「セントラル連合国」が独立を宣言。ヴァルク政府は鎮圧を試みるも、内政混乱により対応が遅れている——

 ロニーはファイルを閉じた。

 机の上に両手を置き、天井を見上げた。

 終わった。

 N=0。ノイロン同盟をゼロにする。それがこの作戦の名前だった。

「グラウ」

 部屋の隅に立っていた工作責任者が、静かに答えた。「はい」

「ノイロン同盟の現状を、一言で言え」

 グラウは少し間を置いた。「事実上、消滅しています」

 ロニーはしばらく黙っていた。

 それから、立ち上がった。窓の外を見た。ヴェルナの空は、晴れていた。

「N=0、完了だ」

 声は静かだった。しかし、その目が違った。

「まさか……!」

 ハルトはロニーの肩を鷲掴み言い放つ。

「もしかして同盟名義で金を借りていたのは……」

「全ては我々が進み続ける為だ。」



 翌日、ロニーは大統領府の大会議室に主要閣僚を集めた。

 エルヴィンが議事録を用意して座っている。ハルトが地図の前に立っている。そしてアーシャが、軍服姿で壁際に立っていた。

 ロニーは全員を見渡してから、口を開いた。

「ノイロン同盟は消滅した。これにより、ギール共和国の対外環境は根本から変わった」

 閣僚たちがざわめいた。

「同時に、アルカナ連邦による我が国の選挙介入という前代未聞の侵害行為に対し、我々は明確な意思を示さなければならない」

 ロニーは机の上の書類を手に取った。

「本日付で、アルカナ連邦に対する公式批判声明と謝罪要求を、国際社会に向けて発表する」

 閣僚の一人が言った。「アルカナが応じなかった場合は?」

「応じなくていい」ロニーは静かに言った。「声明の目的は、謝罪を得ることではない。アルカナを国際的に孤立させることだ。彼らが拒否すればするほど、孤立は深まる」

 沈黙が落ちた。

 エルヴィンが小さく息を呑んだ。ハルトは表情を変えなかった。

 ロニーはアーシャを見た。

「クライン将軍」

 アーシャが一歩前に出た。「はい」

「本日付で、あなたをギール共和国総合軍指揮官に任命する」

 会議室がざわめいた。アーシャは表情を変えなかった。しかしその目が、一瞬だけロニーを真っ直ぐ見た。

「冬季戦に特化した精鋭部隊の編成と訓練を、直ちに開始してほしい」

「了解しました」アーシャは言った。「理由を聞いてもいいか」

「冬が来る前に、準備を終える必要がある」

 アーシャはそれ以上聞かなかった。



 会議が終わり、閣僚たちが退室した後、アーシャだけが残った。

「前線には出さないつもりか」

 ロニーは書類を整えながら言った。「何の話だ」

「指揮官任命の理由だ」アーシャは言った。「前線に出る気なら、総合指揮官じゃなく現場指揮官にするはずだ」

 ロニーは手を止めた。

 アーシャは続けた。「死んでほしくないから、後方に置くということか」

「買いかぶりだ」

「そうか」アーシャは少し笑った。「ならいい」

 ロニーはアーシャを見た。この女は昔から、聞くべきことだけを聞く。そして、答えを半分受け取ったら、残りは聞かない。

「訓練、任せる」ロニーは言った。「お前以上にできる人間がいない」

「それは素直な褒め言葉か」

「事実だ」

 アーシャは敬礼した。扉に向かいながら言った。「負けるなよ、大統領」

「勝つ」

 扉が閉まった。



 翌週、ロニーは海軍軍事費の増額予算案を議会に提出した。

 エルヴィンが執務室で予算書を読みながら言った。「海軍、かなり増やすね。陸軍の倍近い増額だ」

「大規模作戦には、海からの補給線が必要だ」

 エルヴィンはしばらく考えた。「……アルカナへの圧力、本気なんだね」

「当然だ」

 エルヴィンは予算書を置いた。少し間を置いてから言った。「兄さん、戦争するつもりだろう」

 ロニーは答えなかった。

 エルヴィンは続けた。「俺に嘘はつかなくていい。ただ——」

「ただ?」

「死なないでくれ」エルヴィンは真っ直ぐ言った。「それだけだ」

 ロニーはエルヴィンを見た。弟の目に、感情がある。心配と、信頼と、諦めが混ざった目だ。

「死なない」ロニーは言った。

 エルヴィンは小さく頷いた。


 その月の終わり、ロニーは大東京国を訪れた。

 東京の中央広場。大東京国の市民が、ギール大統領の来訪に集まっていた。ロニーは演台に立ち、群衆を見渡した。

 顔が、ギールの国民と同じだった。言葉が、同じだった。文化が、同じだった。

 当然だ。同じ民族なのだから。

「皆さん」

 ロニーは静かに始めた。

「私たちは同じ民族です。同じ言葉を話し、同じ歴史を持ち、同じ土地で生きてきた。それを分けたのは、戦争という人間の愚かさだけです」

 広場が静まり返っていた。

「ノイロン同盟は消えました。私たちを分けた力は、もうありません。ならば今こそ——共に、一つになるべきではないでしょうか」

 拍手が起きた。最初は少数だった。やがて広場全体に広がった。

 ロニーは拍手を聞きながら、内心で静かに思っていた。

 実に、御しやすい。

 同じ民族という感情は、どんな論理より強い。そしてその感情を、最も効率よく動かす言葉を、ロニーは知っていた。



 国民投票の結果は、圧倒的だった。

 賛成八十三パーセント。

 大東京国はギール共和国に編入され、ギール共和国は日本統一国家としての実態を持つことになった。

 開票結果が出た夜、ロニーは執務室でハルト、エルヴィン、アーシャと四人でいた。

 エルヴィンが興奮した声で言った。「八十三パーセント! すごい! 兄さん、すごいよ!」

 ハルトが笑いながら言った。「東京での演説、完璧だったな」

 アーシャが静かに言った。「日本が、一つになった」

 ロニーは窓の外を見ていた。

 ヴェルナの夜景。今や、その向こうに東京の明かりも加わった。

「ロニー」ハルトが言った。「嬉しくないのか」

 ロニーは振り返った。三人の顔を見た。エルヴィンの純粋な喜び。ハルトの知的な笑み。アーシャの静かな目。

「嬉しい」ロニーは言った。

 今度は間を置かなかった。

 エルヴィンが「おお!」と声を上げた。ハルトが小さく笑った。アーシャが、口の端をわずかに上げた。

 ロニーはもう一度窓の外を見た。

 次だ。

 頭の中で、大北進計画が動き始めていた。冬季部隊の訓練。海軍の増強。アルカナ連邦の孤立。全ての歯車が、噛み合い始めていた。

 アルカナ連邦。次はお前たちだ。

 その目が、静かに燃えていた。

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