第二話 論破
修練場。
日差しは強いが暑くはない。屋外だが敷地内の一角なので壁が風を防いでいる。
話し合いにより、勝負は木剣となった。
ならば、とパークは甲冑を脱ぐ。
俺は二刀流。
パークは大剣。
互いが距離を取る。
――こうしてみると圧が凄えな。
パークは筋骨隆々の大男。腕は太く筋が浮き出ている。
「いざ、参る」
パークはそういうと大剣を背負うように構えた。
――この手のタイプは初手から一気に来るぞ。
予感は的中。
パークは大剣を背負ったまま、片方の肩を前に突っ込んでくる。
――剣が見えねえ。コイツ、なかなかやるぜ。
大柄の身体で剣が隠されていてリーチが分からない。無難な策を取るなら二刀で受けだが、今の俺にその選択肢は無い。
何故なら今の肉体のスペックをまだ把握できていないからだ。
重い一撃を受けきれる自信が無い。
同様の理由で狂戦士のスキルも使えない。
身体が出来ていない状態で狂い剣舞などを使おうものなら、両腕が負荷に耐えきれず折れるだろう。
俺は二刀を構えたまま、体勢を低くする。
――守るのはヤメだ。
俺は覚悟を決める。
パークの体勢的には背負った大剣を振り下ろす確率が高い。
だが、
――みえみえなんだよ。
俺は一瞬だけ右足を外側へずらす。
その瞬間、パークが笑った気がした。
パークは大剣を振り下ろさず、身体を捻って裏返ると、まるで遠心力を付けて剣を放り投げでもするかの如く横回転した。
横薙ぎ。
左右に避けていればまともに攻撃を食らっていたであろう。
だが、俺はもうパークの前には居なかった。
右足はフェイクだ。振り下ろし攻撃を右に避けると見せかけて、パークの後ろまで一直線に駆け込んでいたのだ。
回転したパークは俺の姿が見えていなかった。
惰性が付き、パークの背後まで回ってきた大剣を受け止めた後、俺はパークを蹴り飛ばした。
背中を蹴られたパークはうつ伏せで倒れる。
「勝負ありだな」
パークに剣を突きつけて俺は言う。
「ま、参った」
パークが起き上がるとお互い剣を掲げて礼をする。
パークが言う。
「我の負けだ。潔くシャーリー殿を諦める」
そういってパークは俺に手を差し出した。
だが、俺は握手を返さずに口を開く。
「シャーリーは元々、俺の女だ。だからこの勝負。勝っても俺には旨みが無えんだよ」
俺の言葉にパークの顔が強ばる。
「だからよ。アンタには俺の言う事を一つ、聞いてもらう」
「なんだ」
「今日の事は他言無用だ」
俺に言葉に怪訝な表情をしていたパークが破顔する。
「ハッハッハ。貴殿は男の中の男だな。敗北した我の名誉を守ってくれるとは」
――いや、違うぞ。病弱設定を守りたいだけなんだが。
俺とパークはガッチリと握手を交わす。
その後。
我が領へ遊びに来い、と残してパークは去った。
俺とシャーリーは門で見送った後、屋敷へと引き返す。
「結構、良い奴だったな。辺境伯のオヤジさんが見込んだだけのことはある」
「そうですか? 先触れも無しに乗り込んで来るなんてありえません」
二人で中庭を通りすぎ、玄関へ向かう。
前を行くシャーリーがドアに手をかけた時、俺はふと気がついた。
「あのよ」
「なんですか」
ドアに手をかけたままシャーリーが振り返る。
「パークの野郎が諦めたんなら、偽装結婚はもう良いんじゃねえのか」
俺の言葉を聞くと、シャーリーの目が一瞬だけ泳いだ。
しかし、すぐに元へと戻る。
「そんなのブラッドさんが居なくなったら、また言い寄ってきますよ。席が空くんですから」
「そうか」
「それにですね。仮にパークさんが諦めたとして」
そういうとシャーリーは人差し指を立てて、平坦な口調で語り始めた。
「一ヶ月くらいで婚約を解消した連れ合いたちを、世間はどう思います?」
「まあ、性格が合わなかったのかな、とかじゃねえの」
俺の答えにシャーリーは指を左右に振る。
「言い方を変えましょう。ブラッドさんは一ヶ月で離婚した女性を紹介されたらどう思いますか?」
「そりゃ警戒するさ」
「そうですよね。普通は何らかの瑕疵があると判断されます。性格に難あり、浪費癖、暴力、貞操観念の低さ、等。ブラッドさんは私を訳ありの物件にしたいのですか?」
「いや、男が原因って事もあるだろ」
「ええ、勿論」
そういうとシャーリーはビシッと指を突きつけてきた。
「ですが、その身体はブラッドさんだけでなくバラッドさんでもあるのです」
「あ」
「私の経歴にも、譲っていただいた伯爵家にも泥を塗るわけにいきません」
「確かに」
「ということは、私たちは偽装結婚を続けた方が?」
「いいな」
「何年くらい?」
「二、三年か」
「話が早いですね。さすがブラッドさんです」
――うむ。
正論なんだが、モヤモヤするな。
俺はそんな事を思いながらも、シャーリーの後に続いて屋敷へと入った。
おしまい。
本編&後日譚までお読みいただきありがとうございました!m( )m