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第3話

 西の果て召喚士の都であった荒れ果てた大地は、緑の森へと姿を変えている。崩れた建物を木の根が護るように包み、根を伝って小動物が木々の隙間を駆けた。たまに光の球がふわふわと踊り、そして消える。


 木漏れ日が皆を出迎えた。


「凄い……これカズキ君が?」


 叉胤(ざいん)が長く息を吐きながら呟く。カズキは頷いた。


「荒れ果てたままは何となく嫌だったから。皆、眠れない」


 召喚士一族の魂はここに漂っている。魔族に滅ぼされた強い思念ゆえどこへも行けずに。せめて外界から隔てられた空間で安らいで欲しいと思い、この辺り一帯を木々の結界で包んだのだ。


「もう行こうよ」


 神殿を進んで記憶の間まで連れて来てもらい、カズキはクラウド以外を部屋から出した。そして彼に身を寄せる。


「ねぇ、クラウド。行く前にキスして」


 クラウドの唇が額に触れ、瞼に触れ、頬に触れ、やがて唇に触れた。するりと舌が躍り込む。カズキはクラウドの髪を撫でながら舌を絡めた。温かな体温を感じられる深いキスは好きだ。


「ん、ふぁ……」


 上顎を舐められて、ぴくんと体が反応する。思わずクラウドに手を伸ばした。


「カズキ?」


「クラウド……物凄く、クラウドが欲しいよ」


「今は、カズキがやるべきことを成し遂げなさい。その後ならば、いくらでもお願いを聞く。不安なのかい?」


「……うん」


 記憶を見ることは、他人の感情に支配されて、自分が自分ではなくなる瞬間があるのだ。それが怖い。


「カズキ、一緒には行けないが、悲しくなったり怖くなったら俺を思い出してくれ。カズキの心にいる俺が、きっとお前を助けるから」


「クラウド……」


 カズキは自分の指にはめてある指輪を撫でた。クラウドにもらった大切な物、家族になった証。


 何だかホッとしてしまった。一度拳を握り、顔を上げた。


「行ってくるね」


「ああ。もう大丈夫か?」


「うん!」


 記憶の扉に掌を当てて目を閉じる。再び開けた瞳に映るのは、闇色と薄い赤。


「またコレやるとは思わなかったなぁ」


 記憶が順番に並んでいるわけではないのだ。五十一分の一の確率にカズキは溜め息を吐いて、近くの光に触れた。


「!?」


 ライシュルトの姿が見える。苦悩、悲しみ。けれど、諦めはなかった。セディアと共に幸せに笑う彼を見て心がちくりとした。


「番人なんてなくなれば皆幸せなのに……あいつも、団長さんも」


 自然に零れた涙を拭う。


 そして一代目番人の記憶に触れたのは、それからどれくらい経った頃か。


 カズキは静かに記憶を見る。卯龍(うりゅう)にとって生涯の大切な人が魔族に狩られてしまったことが発端だった。彼は聖獣の力を使い、魔界との決別を決意したのだ。しかし、聖獣の力を最大限に使うことは、守人がいても召喚士に負荷がかかる。人間界を創り出した卯龍(うりゅう)は間もなく命を落としてしまった。


「…………」


 一つ明らかとなったのは、扉と番人という繋ぎを創った本当の意味。彼ら一族には郷愁の想いがあったのだ。いつかまた元の世界に戻れる日が来ることを願って。


 カズキは震える体を自ら抱いた。心が痛い。卯龍(うりゅう)の想いが悲しくて、そして自分が……怖くて。


 二つの世界は番人と扉によって繋ぎ止められている。魔界と人間界の完全なる分離ができれば、番人という今となっては歪んだ体系をなくせるかもしれない。卯龍(うりゅう)たちの意思に反するが、郷愁の想いを遂げるにはもう時が経ちすぎた。


 ただし分離を行うには、命と引き替えになるかもしれない。


 怖い。


「ボク、死んじゃうの?」


 嫌だ。まだクラウドと生きたい。死にたくなんてない。やっと彼と家族になれたのに。


「怖いよ、クラウド……」


 ――大丈夫だよ。


 そう声が聞こえたのは幻聴か、心のなかのクラウドなのか。カズキは深呼吸をすると、大丈夫なのだと笑った。


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