第21話
小さな爆発を起こし、砂塵が巻き上がった。カズキは聖獣を翻してクラウドの後を追おうとしたが、無意識の恐怖が進行を止めた。
「え?」
いつもとは違う厳しい顔つきで聖獣の前に現れ、行く手を阻んだのは魔族姿の叉胤である。銀灰色の翼が月の光に鈍く輝く。
「これ以上やるならオレも容赦しない」
「だってクラウドが! 邪魔しないでよ!」
「ッ、分からず屋!」
聖獣の上に降り立った叉胤に頬を叩かれ、カズキは一瞬言葉を詰まらせた。いつもの柔らかな雰囲気はなく、棘立つ空気が彼を取り巻く。
「謝らないよ」
「叉胤、クラウド連れて行か――ッッ!」
叉胤の手から放たれた刃が聖獣の脚を掠め、痛みはないが連動して足首に傷がついた。そして鋭利に伸びた爪の先が喉元に突きつけられる。それは、物凄い殺気だった。無意識に冷汗が流れる程の。
「まだ言う? 落ち着けと言っているのがなぜ分からない。言っておくけど、守人がいない君一人の力は無力に等しいんだよ。その気になれば命数を簡単に奪える。こんな簡単な攻撃も避けられない君のね」
「脅し?」
「まさか。本気だよ」
爪を押しつけ、見たことのないような冷たい笑顔で叉胤が笑った。
「……戻る」
そして地上に戻った時、カズキは叉胤が僅かに本性を現したわけを理解する。ナシュマが爆発から白夜を庇い、背に火傷を負っていたのだ。ナシュマだけではなく、ソギも同様に傷を負っていた。
駆け寄ってきた白夜にも頬を叩かれて苛立った。
「カズキ、悪い子。謝る」
「うるさい! ボクを止めなきゃ良かったんだ」
「違う。止めなきゃカズキいない。クラウドさんに会えない。怖いこと起きる」
「はぁ?」
白夜が腕を掴んでくる。
「クラウドさん大丈夫」
「何で、白夜が……!」
カズキは拳を握った。腹が立つ。そして徐々に背中に虫が這うような不快感に襲われた。腹の奥底が痛く、呼吸が上手くできずに頭の中が重たくなる。カズキは砂を強く握ろうとしたが、指先まで痺れた手ではどうすることもできなかった。
「ぅ……クラウ、ド……」
「落ち着く。こころが痛いよ」
「過呼吸起こしたな。カズキ、ゆっくり呼吸しろ」
ナシュマに背中を摩られ、しばらくすると幾分呼吸が楽になった。
「クラウドいないだけで、この不安定さか……守人がいかにデカイ存在か思い知らされるぜ」
「落ち着いた?」
ナシュマのぼやきとは反対にソギが優しい声色で話しかけてきた。先程までいた叉胤の姿が見当たらない。
「……叉胤は?」
「クラウド追った。全く、お前はクラウドのことになると、気が狂ったように突っ走るな」
ナシュマが足首の傷に布を巻き、髪が乱れるほどぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。
「だって、クラウドいないの、嫌だ……」
「それでも俺達に攻撃してきたのはやりすぎだぜ。叉胤がいたからこの程度で済んだが、聖獣を扱う召喚士として、もう少し力ってもんを理解しろよ」
「カズキ、弱い」
「……うるさい」
クラウドが傍にいない。それだけで疲れてしまう。精神的な教えを受けたセディアからは生きることを諦めるなと言われたけれど、クラウドが傍にいないと生きることがとたんに辛くなる。
カズキは皆から背を向けて地面に体を倒した。
「だめ、カズキ。寝ちゃだめ」
「ナシュマさん、僕も行くね」
「おぅ。東にずっと進んだところに叉胤の気配がある。気をつけて行けよ」
「ありがとう。カズキ君、叉胤も行ってくれたし、大丈夫だから元気出してね」
ソギの足音が背後から遠ざかっていく。それを見届けたのであろうナシュマが小さく溜め息を吐いたのが分かった。
「カズキ、お前も少ししたら白夜連れて聖獣で向かえ。太陽動かねぇから、太陽を左手にして進めばいい」
「あんたは?」
カズキは首だけをナシュマへ向ける。頬についた砂が煩わしかった。
「俺? 逃げる」
「はぁっ?」
突拍子もない答えに上半身を起こす。
「お前のお守りすんのめんどくせー」
そう言ったナシュマは、以外にも真面目な顔だ。
「な、何それ!」
「クラウドいなけりゃ、我が儘し放題の姫様にしか見えんわ」
「姫はおんなのこ。王子さま?」
「はは、まぁどっちでもいいか。クラウドの件落ち着いた頃に合流する。白夜、駄々っ子お兄ちゃん頼むぜー」
「まかされた!」
ナシュマが立ち上がり、再び髪が乱れるほど頭をくしゃくしゃと撫でてきた。そして手を振りながら何処かへ去っていく。
「ちょっと、ナシュマ! まだ話終わってない! 白夜、追いかけて!」
「やだ」
「あーーーっ、もう! 何なのっ!?」
ナシュマの行動が理解できず、カズキは掴んだ砂を、去っていくナシュマの背中へ投げつけた。




