第19話
クラウドたちの背中を見送ったヨハンは、布を当てた右肩に扉を乗せた。左右交互に何度か乗せかえながら彼らを待つ。誰もいなくなった地下は静寂に包まれていた。右手に広がる砂漠と左手の闇。階段の上から射す光は闇に映える月のようだった。
突如光が歪み、カツンと足音が響く。
「誰だ?」
ヨハンの問いかけには答えず、足音だけが近づいてくる。敵意ある魔族だろうがこの場を動くことはできないと、ヨハンは息を飲んだ。
やがて、黒く長い髪を後ろに纏めた男がヨハンの前に立つ。
「侵入者がいると思えば……人間、だと……?」
侮蔑した表情を見せる男の爪が鋭利に伸びていった。
ほんの一瞬出来事。その爪が左の脾腹に突き刺さり、ヨハンは小さく呻く。引き抜かれた傷から染み出た血で白い生地が赤く染まった。
「く……ッ! 容赦ねぇ、な!」
痛みで膝を着きそうになったが、剣を引き抜き地面に突き刺すことでどうにか踏み止まる。ソギから渡された小鳥が砂漠へと飛んでいった。
「如何なる理由があろうとも侵入者は廃除する。痛みに苦しみながら自らの悪行を悔いるがいい」
「ふざけ、んな! 俺は、ここで倒れるわけにはいかねえんだよ!」
「知らんよ」
胸倉を掴んだ男に階段側へと引き戻される。支えを失った壁は閉まりかけたが、ヨハンは寸でで壁と地面の間を剣でつっかえた。
男に胸倉を捕まれたまま外へ連れ出される。月の数が一つ減っており、クラウドたちと別れてから、かなりの時間が経過していたようだ。
外には五人の男が待機していた。彼を見るなり全員が姿勢を正す。
「案の定、鼠が紛れ込んでいた」
「枇皇様、魔獣にでも喰らわせますか?」
「生の人間なぞ、奴らとて食あたりを起こすだろうよ」
「言ってくれるじゃねえ、かよ……。命数とか……いつまでも、古臭いことに囚われやがって……」
枇皇と呼ばれた男がヨハンの鎧に手を当てた。次の瞬間、鎧は形なく砕け散り、剥き出しになった腹に枇皇の拳が埋まった。ヨハンは腹を庇いながら地面に膝を着く。その背を一人の男が土足で踏みつけてきた。
「ふん。貴様からは、僅かだが裏切り者の匂いがする」
「それ、叉胤のこと、か。あいつは……十分に制裁を受けた、んだろ。もう、そっとしておいて、やれよ……今は、幸せなんだ……」
「裏切り者に幸せなどいるまい」
「貴様!」
彼の苦しみをナシュマの横で見ていたヨハンにとっては、腹が立つことこの上ない。一年以上かけてようやく笑えるようになったのに。
「ふむ。叉胤と関わりある人間……お前は召喚士の仲間か」
枇皇が屈み込みヨハンの腕に手を置いた。
「一つ問おう。召喚士どもはこそこそと何をしている。先の深紅の森の件、知らぬとは言わせぬぞ。この腕、鎧のようになりたくなくば答えろ」
「お前達の邪魔は、しない」
「馬鹿か。貴様らが勝手に魔界へ足を踏み入れ、我らが借り出されている時点で十二分に邪魔をしている」
「く……」
脾腹の出血で意識が遠退いてくる。だが目の前に突き立てられた自分の剣に目が冴えた。壁を支えるために残しておいた剣がここにあるということは――。
「な……」
果てしない絶望感。そんなものを感じたのは生まれて初めてだ。
「くそっ! 何で!!」
「得体の知れぬ空間を放置しておくなど気が知れん。それを含めて聞かせてもらうぞ。貴様の処分はそれからだ」
「疚しいこと、してるわけじゃ……」
「それは貴様が決めることではない」
枇皇が足で地面を叩くと、ヨハンを中心に青い魔法陣が浮かび上がる。叉胤が創る同質のもの。どこかへ転送されるのだろう。皆がどうか無事であって欲しいと、祈ることしかできない自分に悔しく、ヨハンは地面の草を強く握りしめた――。




