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第16話

 ――その頃、クラウドやカズキが祭壇から姿を消し、残されたソギたちは森の中を見て回ることにした。赤い葉を手に取ると、人間界の植物となんら変わらない感触だった。太陽の下で見るこの景色は殊更美しいだろう。


 鳥が羽ばたき、木の間を縫っていった。


「……え?」


 行き交う生き物が語る言葉。



 ――主は何度でも復活する。



「何だぁっ?」


 ずしりと地面が揺れ、ナシュマが声をあげた。


 突如として吹き抜けた風に木葉がカサカサと鳴く。つむじ風が勢い良くそれを巻き上げた。ソギは矢を番えてヨハンと背を合わせる。


「皆、気をつけて。またくる!」


 木葉が吹雪のように舞い視界を遮る。赤い木葉が消えて再び現れた主は、口から煙を吐きながらこちらを威嚇した。


「なるほどな、主と言われるわけだ! 兄貴、蛇嫌いって言ってる場合じゃねぇぞ」


「いいこと聞いた。ありがとう、ヨハン!」


 そう言って口角を上げた叉胤(ざいん)が翼を広げて高く飛ぶ。彼を取り巻く冷たい空気がきらりと光った。


 叉胤(ざいん)によって皮膚を裂かれた主から現れる赤い蛇が、彼らの足元を這った。


「やっぱり気色悪ぃ!」


「これは俺と兄貴に任せろ」


「うん。僕もどうにかできないかやってみるよ」


 ソギは主の瞳を見る。目の前に存在をして動いているならば、何かしらの意思を感じられるはずだ。だが、やはり先ほどと同じく言葉は通じず、剥き出しの殺気だけが感じられた。


「ソギ、そこから離れて!」


「!!」


 叉胤(ざいん)の声に反応するのが一瞬遅れ、主が振り回した尾に体が跳ね飛ばされる。背中から木の幹にぶつかり気を失いそうになった。喉の奥から広がった生暖かい体液を、噎せるように吐き出す。


 痛みに目の前が霞む。それに堪えようと吐き出した血を手の甲で拭い、地面に生えた草を握った。


「あの子を、止めなきゃ!」


 意思があるのはこちらなのか。


 しゅるりと、ソギの指の間から伸びた蔓が主へ向かっていく。そしてソギの想いを受けたように、その巨体へ絡みつき動きを止めた。


 駆け寄ってきたヨハンに抱き起こされて、ソギはようやく落ち着いた息を吐く。


「ソギ、大丈夫かっ? 一体何が……」


「僕にも分からない。でも、この子が手伝ってくれたのかな」


 指先で蔓を撫でる。あらゆる生き物と会話ができるソギにとっても、植物は門外漢である。しかし偶然なのか必然なのか主を止めてくれた植物には、他の生き物と同じように感謝を捧げたくなった。


「凄いな、あいつを止めるなんて」


 絡め取られている主が抜け出そうとするたび、蔓がギチギチと軋んだ。地面に散らばる赤い木葉が鳴く。


 ソギは辺りを見渡した。そして思い至る。今なら通じる、そう思った。痛む体を押して動けぬ主の前に立つ。


「主様、勝手に入ってごめんなさい。でも僕達はこの森を荒らさない。だから、もう少しだけここにいさせて欲しいんだ」


「ソギ、話が通じる相手じゃねぇぞ!」


 焦りを隠せないヨハンの声が背後から聞こえた。けれど気にせずに、ソギは掌を主の体に当てる。どこからか現れた真っ白な毛並みの小さな動物がソギの肩に乗った。


「ここにいる生き物は、暴れる主様に怯えてない。それは主様が森を護っているからだよね。この森は、綺麗だ」


 小さな動物が、ふわりとした長い尾をソギの伸ばす腕に巻きつけてくる。そして甲高い声で長く鳴いた。


 その時だった。地面が揺れて蔓の鎖で繋がれた主の体から赤い光が放たれ、光は小さな動物の中へ吸い込まれていく。気づけば主も小さな動物もいなくなっている。森に再び静かな時間が訪れた。


 赤い木葉が一枚ひらりと舞い落ちる。


 ソギの手の中に小さく赤い石が残されていた。球体の中に炎がちらりと揺れる。ヨハンが興味深そうに覗き込んだ。


「綺麗だな、それ」


「うん。多分、主様がくれたんじゃないかな。もう大丈夫な気がするよ」


「力押しじゃ何度も復活するってことかな。魔族じゃ考えが及ばないし、きっとソギじゃなきゃできない離れ業だね。ソギがいてくれて良かったよ」


「もう蛇出ねぇ? はー、助かったぁ」


 力が抜けたのか、ナシュマが情けない声を出しながらその場にしゃがみ込む。


「ナシュ、蛇嫌いなんだねぇ」


「あの叉胤(ざいん)君、何か思いついちゃったのかい……?」


「はは、頑張ってお義兄さん」


 まだ木葉へ戻っていない蛇を掴んで、ナシュマを追いかけて見せる無邪気な叉胤(ざいん)に微笑み、ソギはヨハンに体を寄せた。


「クラウドさん達戻るまで少し寝てもいい?」


「ああ。肩でも胸でも貸してやるよ」


 鎧を外して座ったヨハンの肩に頭を乗せて目を閉じる。


 森の紅。空の赤。心地好い風が大好きな森の香りを運ぶ。鳥があちらこちらで楽しそうに歌っていた。


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