第10話
砂漠に足を進めるたび、砂を踏む微かな音を耳が捉える。叉胤はわざと足音をさせ、その感覚を味わいながらゆっくりと歩いた。前を歩くナシュマが振り返った。
「何か楽しそうだな、叉胤」
「うん」
聖獣の神殿跡を巡るという目的はあるが、こんなにもゆったりとした心持ちで魔界を歩くのは百年以上ぶりなのだ。傍にナシュマがいる故かもしれないが。
「お前が楽しいならいいんだ。手でも繋いで歩くか」
「そうだね」
差し出された手を握る。出会ってから世話になりっぱなしだ。自分は彼に何をしてあげられるのだろうか。
「ナシュ、さっきは追いかけてきてくれてありがとう」
「ヨハンに追いかけろって言わ――イテッ」
ヨハンに勢い良く頭を叩かれたナシュマが、何をするんだと言いながら彼を睨んだ。容赦のない叩きっぷりに叉胤も驚く。
「この馬鹿兄貴! 叉胤、何でもねぇぞ。今の聞かなかったことにしろ」
「聞こえちゃったけど……ははっ、なんか変わらないなぁ」
昔から変わらないやり取りに笑ってしまった。ナシュマは大概一言多く、ヨハンによく怒られていた。
それでも、大好きだ。
「そういや、叉胤はこっちの聖獣の神殿に行ったことあるのか?」
「オレはないよ。神殿はどこも王の直轄地で、用がない限り立ち入りが禁止されてるからね。オレも詳しい場所は分からないんだ」
「わすれられた道があるから、だいじょうぶ」
白夜が無表情ながら頷く。
「でも、とても暗くて、とても怖いのがいる場所」
「なにそれ。何がいるって言うのさ」
「見る?」
「は?」
返答を聞かずに白夜がカズキと額を合わせた。
「うわっ!」
顔を背けたカズキが、こちらが心配になってしまうほど怯えた表情で、クラウドの首に抱き着く。
「大丈夫か?」
「な、なに今の……黒くて、しましまで蛇みたいな体……顔二つだし、おっきな羽と牙があった。気持ち悪っ」
「白夜、カズキに何を?」
「ボクが鵠僖様に教えてもらったもの、カズキに送った」
「気持ち悪ぃっ。もういいよ、やらなくていいよっ」
「お前本気でびびってる?」
「な、ないよ!」
「…………」
叉胤はカズキたちの会話を聞きながら腕を組んだ。魔獣の話を聞いたことがある気がしたからだ。以前、鴎伐に修行へ連れて行かれた森。そこにいる主に出会ったら死を覚悟しろと言われた。
「白夜君、それって深紅の森?」
「しんくの……うん」
「叉胤、何か知ってるのか?」
「厄介なところだなぁ。森自体が生きていると言うか……人間界の迷いの杜を凶暴化させた感じかな。そこの主と言われてるのが、多分白夜君とカズキ君が見た魔獣だ」
「何でそんなところに神殿あるんだよ。面倒臭いっ」
「確証はないけど、長年の聖獣の力が悪い方向に働いちゃってるんじゃないかな。その影響で森が凶暴化したんだと思う。鴎伐様が危険視するくらいだ。相当だよ。そうか、あそこに神殿があったんだな」
「危険回避は難しいか。気を抜けないね」
「ああ。魔獣も森もね。深紅の森なら場所が分かるから転送術で飛ぼう」
魔族の姿に戻った叉胤は足で魔法円を描く。青い魔方陣が地面に浮かび上がった。僅かにソギが不安そうな表情を浮かべたが、ヨハンに抱き包まれて不安は氷解したようだ。
「大丈夫?」
「うん。行こう、叉胤」
叉胤は頷き、転送術で皆を送る。
一瞬にして景色は変わった。目の前に広がるのは赤い森。見た目には紅葉が美しいが、遥か昔にはヒトを食らい、その血で森が赤くなったとまで言われている。
「白夜君、道はどっちかな?」
「ここ」
身の丈四倍ほどの岩が森を囲うように屹立し、白夜が右手にある巨大な岩の一つを指して言った。
「したに道がある。くずせばいい」
「あっさり言うなよな。あんなでかいものどうやって」
「ふふっ、オレがやるよ。離れてて」
魔界では力を抑える必要はない。岩に掌を当てて一気に粉砕する。その衝撃で辺りに砂埃が舞った。
静けさが戻った後、岩のあった場所には地下へ入る縦穴が現れた。
「はい、終わったよ。魔獣に気をつけて進もう」
叉胤は笑う。主に出会っても今の自分になら渡り歩ける気がする。今は、護りたい人がいるから。




