第4回「お姉ちゃん、今日も頑張ってロリふりしてる(尊い)」
ちゅるり、と甘酸っぱいイチゴソースの匂いが鼻腔をくすぐる。
放課後のファミリーレストラン。ドリンクバーの機械が立てるブーッという低い駆動音と、周囲の女子高生たちの賑やかな笑い声が店内に満ちていた。
(よし。ここまでは極めて順調、かつ完璧な立ち回り……!)
私は、目の前に置かれた巨大な『いちごみるくパフェ』のイチゴをスプーンで慎重につつきながら、内心で小さくガッツポーズを決めていた。
今日は、チーム・パステル初の親睦会という名の作戦会議。
二十四歳の限界OLである私は、今日こそ完璧なJSとしての擬態を成功させるべく、私服にも細心の注意を払ってきた。
パステルピンクのパーカーに、デニムのショートパンツ。髪の毛は高めのツインテール。
鏡の前で自分の姿を見た時は、あまりの年齢詐称っぷりに胃液が逆流しそうになったが、背に腹は代えられない。私はリーダーなのだ。郷に入っては郷に従え。子供たちの手本となり、かつコミュニティに完全に溶け込まねばならない。
「ねぇねぇ、ななこちゃん! このダンス、知ってる? いま、動画アプリでめちゃくちゃ流行ってるんだよ!」
ひまりが、スマホの画面を私の目の前に突き出してきた。
画面の中では、派手な髪色のインフルエンサーが、テンポの速い曲に合わせてキレのいいダンスを踊っている。
「わぁ……っ! これ、すっごくかわいぃねっ♪ ななこも、おててをこうやって動かすの、しってるよぉ!」
脳内のブレーキを全力で踏みちぎり、私は両手を顔の横で交互に振ってみせた。
あざとさ全開のロリ声。必死に作った笑顔。
ふふん、どうだ。
昨晩、ベッドの中でスマホを見ながら、涙目で練習した成果がこれだ。完璧に流行に乗れているはずである。
「……っ」
「…………」
一瞬、対面に座る心愛と凛の手がピタリと止まった。
心愛は、スプーンですくい上げたパフェの生クリームを、今にも落としそうなほど静止している。凛は、飲んでいたメロンソーダのストローを噛み締めたまま、じっと私を見つめていた。
(あれ? また何かやらかした……!?)
背中に冷たい汗がどっと吹き出す。
冷房の効いた店内で、私の肌だけが急速に熱くなっていく。
すると、心愛が、すっと自身のスマホを取り出した。その目は、どこか遠くの聖母を仰ぎ見るような、圧倒的な慈愛に満ちている。
「な、ななこちゃん……。今の動き、もう一回やってみてくれる? 動画、撮ってもいいかな……?」
「え?え?えっ? ……う、うん! いいよぉ!」
私は再び、両手を細かく振って「ななこだよぉ★」と言わんばかりのポーズを取った。
心愛のスマホのレンズが、まっすぐに私を捉える。
横から覗き込む凛が、小さく、しかし深く、限界を迎えたようなため息を漏らした。
「……くっ、可愛い……。頑張って幼いポーズしようとして、指先がちょっと震えてるの、最高に尊い……」
「うん……。ウチらのために、一生懸命お勉強してきてくれたんだよね。ななこ(お姉)ちゃん、本当に健気……」
ひまりが、感動に目を潤ませながら、自分のスマホの画面を高速でタップしている。
私はこの時、自分の振る舞いに必死で、気づいていなかった。
彼女たちのスマホの画面。その液晶の向こう側で、グループ通話アプリのメッセージが、恐ろしい速度で飛び交っていることに。
『【速報】ななこお姉ちゃん、今日もウチらに合わせようとして必死にロリ擬態中』
『パーカーのサイズがちょっと大きくて萌え袖になってる、確信犯すぎる』
『動画保存した。家帰ったら家宝にする』
後年知ることになるのだが。
この時、画面の向こう側のタイムラインは、現役JSたちによる『私達の可愛いお姉ちゃん観察日記』という名の狂気的なログで埋め尽くされていたのだ。
「あ、あのね、ななこちゃん」
心愛がスマホを置くと、そっと私のパフェの器を自分の方へと引き寄せた。
「イチゴ、酸っぱかったでしょ? 私のパフェの甘いバナナと交換してあげる。ななこちゃんは、甘いものいっぱい食べてね」
「あ、ありがとぅ……(バナナ、美味しいです)」
「ほら、ななこちゃん、口の横にクリームついてる。じっとしてて」
凛が自然な動作でポケットから私物のウェットティッシュを取り出し、私の頬を優しく拭う。その手つきは、完全に幼い妹を世話するそれだった。
「ひまり、ななこちゃんのドリンクバー、おかわり持ってきてあげる! カルピスでいいよね!」
「あ、うん。おねがい、ちます……」
おかしい。
私は完璧にJSになりきり、流行のダンスを披露して、対等な友人としてのポジションを築いているはずだった。
それなのに、なぜ私は、三人の小学生に囲まれて、至れり尽くせりの介護を受けているのだろうか。
バレている。
とっくに、私の正体も、この痛々しい努力の全てものぞき見られている。
彼女たちは、私の「大人の社会的尊厳」を守るために、あえて騙されたフリをしながら、その実、限界まで甘やかし、鑑賞して楽しんでいるのだ。
「ななこちゃん、明日も一緒に遊ぼうね。ウチ、ななこちゃんのこと、だーい好き!」
ひまりが持ってきてくれたカルピスのグラスが、コト、と音を立てる。
冷たい結露の雫が、私の指先を濡らした。
三人の少女たちの、どこまでも純粋で、そしてどこか逃げ場のないほどに深い溺愛の視線。
私はストローを咥え、甘いカルピスを胃に流し込みながら、恥ずかしさで爆発しそうな己の顔を隠すように、ただ俯くことしかできなかった。




