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第24回「10年目のパステル・レジーム(※魔法美魔女の誕生)」


 カチ、カチ、カチ――。

 全面ガラス張りの社長室に、ヒールの硬い音が規則正しく響いていた。


 プロポーズから10年、魔法少女として最初に出会ってからだと20年の月日が流れた。


 窓の外に広がる都会の景色は少しだけ様変わりしたけれど、この最上階のペントハウスを包む、甘く濃厚な香水の気配だけは、何一つ変わっていない。


(……四十四歳。世間一般で言えば、完全にアラフォー、というか、もうすぐアラカンにも手が届きそう、なんだけど)


 私は、大理石のデスクに置かれた鏡の中に映る自分の姿を、じっと見つめていた。


 鏡の向こうにいるのは、驚くほど透き通った白い肌に、キュッと上を向いた艶やかな唇。髪は漆黒のストレートロングで、タイトな黒いドレスを完璧に着こなしている。

 身長は相変わらず百五十センチメートル。

 だが、その身から放たれるのは、かつての限界社畜OLのくたびれた空気ではない。

 三人のハイスペ美女に毎日愛され磨かれ、毎晩啼かされ、数々の修羅場を物理(万年筆)と言論コンプライアンスでねじ伏せ、三人の怪物を手なずけてきた、圧倒的なカリスマの風格(?)。

 

 魔法少女のオーラの残滓と、大人の色気が最高濃度で融合してしまった結果、私は世間からこう呼ばれていた。


 ――伝説の魔法美魔女、と。


「ほんと、出会った時から少しも変わらないねえ、ななこお姉ちゃん。……また、そんなに鏡を見つめて、自分の美しさに浸ってるの?」


 背後から、低く、とろけるような甘い声が響いた。

 

 オフィスドアが静かに開け放たれ、三十歳になった心愛が歩み寄ってくる。


 世界的な巨大企業のトップに君臨した彼女は、いまや一国の経済を左右するほどの冷徹なビジネス界の女王だ。だが、私の前に立つ時だけは、出会ったあの日の小学生のような、熱い熱い執着の瞳を隠そうともしない。


 心愛は私の椅子の後ろに回り込むと、ドレスの開いた私の肩口に、そっと自身の熱い唇を押し当てた。


「心愛ちゃん、もう、会社でのスキンシップは控えてって言ったでしょ」

「ダメですよ。三十歳になっても、私、お姉ちゃんの前ではただの忠犬わんこなんですから」


 心愛が私の首筋に薔薇の香りを残す。

 彼女の体格はさらに大人の女性として完成されており、百五十センチメートルの私の身体は、抱きすくめられるだけで完全に視界を覆われてしまう。


「心愛、お姉ちゃんの『お仕事(書類サイン)』の邪魔」

 左側から、静かに言葉を重ねたのは、三十歳の凛だ。

 

 弁護士 兼 会計士 兼 技術士(経営工学)……であるだけでなく、ニューヨーク州弁護士資格をも1回で突破し、今や「美し過ぎるローヤー」の名高い、若手国際弁護士。彼女は相変わらず知的なメガネの奥の瞳を怪しく光らせながら、私のデスクの前に、一枚の書類を滑り込ませた。


「これ、お姉ちゃんの『四十四歳記念・終身養育契約(改定版)』の書類。お姉ちゃんが一生、何一つ不自由なく、私たちの腕の中でだけ生きていくための法的手続き、すべてアップデートしておいたから」


「凛ちゃん……、これ、内容がさらに過保護かんきんになってない……?」


「当然。お姉ちゃんが年々美魔女として妖艶になっていくから、外の悪い虫がつかないように防御網リーガル・バリアを強化するのは、リソース管理として当然の義務」


 凛はそう言って、私の薬指できらめく、十年前よりもさらに巨大になったダイヤモンドの指輪を愛おしそうに撫でた。


「ななこちゃーーーっ!! 先週のウチらのデート動画、SNSで世界トレンド1位だよ!!」


 正面から、弾けたような絶叫とともに、三十歳のひまりが飛び込んできた。

 

 いまやエンタメ界のトップに君臨する、世界的メディアプロデューサー。彼女は完璧なスタイルに大人の色気をまといながら、デスクを飛び越えるような勢いで私の膝の上にその長い生足を横たえた。


「世界中の人たちがね、『このちっちゃくて美しい奇跡の美魔女は誰なんだ!?』って大騒ぎ! でもねー、ななこちゃんはウチらだけのものだから! 一生、誰にも触らせないんだから!」


 ぎゅうぎゅうに抱きつかれ、完熟林檎の濃厚なミストの香りが一気に脳髄を掻き毟る。


(三十歳になったあの子たちの、クソデカ感情が……臨界点を突破してる……!)


 私は、顔を真っ赤にしながら、彼女たちの放つ、大人の女性としての圧倒的な熱量と執着に包まれていた。

 

 出会った時は小学五年生だった、チビっ子魔法少女たち。

 あれから20年が経ち、かつて世界を救った彼女たちは、今や世界の頂点に立つほどの「本物の怪物(大人)」へと成長した。

 

 だけど、そんな彼女たちのすべてのスペックは、今でも、この「四十四歳の魔法美魔女(私)」を全力で養い、甘やかし、そのお膝の上を取り合うためだけに、狂気的な精度で運用され続けている。


「さあ、ななこお姉ちゃん。……これからもずっと、ウチらの真ん中で、一番可愛く支配されていてね」


 心愛、凛、ひまり。

 三十歳になった三人の、逃げ場のない、そして世界一過保護な絶対の愛の檻。

 

 私は、薬指のきらめきを見つめながら、


「もう、ここまで来たら、一生この子たちの可愛いお姫様(社長)でいてあげる……」


私は、フッと不敵な笑みを浮かべた。

四十四歳、魔法美魔女の「大人力」を、今こそ彼女たちに叩き込んであげるよう。


「……ねぇ、みんな」


私は、普段の元・限界OLのわたわたボイスのスイッチを切った。

代わりに、低く、鼓膜の奥をじわりと濡らすような、極上の吐息を混ぜた美魔女のトーンに切り替える


その声の響きだけで、私に抱きつき、身体を拘束していた三人の動きが、ピタリと止まった。


すっ、と。

私は膝の上のひまりの腰を片手で引き寄せ、もう片方の手で、左側にいる凛のメガネのフレームを指先でそっと押し上げた。そのまま、後ろから抱きついている心愛の首筋に、自分の頭を預ける。


「私の人生、アップデートして、もう満足しちゃったの?」


私は、薬指でぎらぎらと輝く巨大なダイヤモンドの指輪を、三人の目の前にかざした。


「財力も、法律も、世論も。君たちが私を繋ぎ止めるために必死に磨いてきた武器。そして、いつまでも変わらない激重感情。 ……可愛い。本当に愛しくて、たまらない」


わざと目を細め、とろけるような、そしてすべてを見透かした女王の視線で三人を見つめる。


「でもね。そんなもので縛らなくたって……私は最初から、君たちだけのものだよ。さあ、口を開けて」


ドクン、と。

三人の心臓が、同時に跳ねる音が社長室に響いた気がした。


エサをねだるように開いた三人の口を、私の唇で順番にふさいでいく。


心愛の、凛の、ひまりの、美しい顔が、見たこともないほど真っ赤に染まっていく。世界の頂点に立つ彼女たちが、あの日、公園で私のロリ擬態を見ていた時と同じ「ただの純情な少女」の顔に戻っていく。


「ななこ、おねえちゃん……っ、いま、のは……反則、です……」


心愛が、呼吸を荒くしながら私の肩に額を押し付けてきた。彼女の耳たぶまでが真っ赤に沸騰している。


「お姉ちゃん、ずるい。……そんな顔、私以外の前で絶対にしないで」


凛が私の手を両手で驚くほどきつく握りしめ、その指先をわなわなと震わせている。メガネの奥の知性的な瞳は、すでに私のキスだけで完全にトんでしまっていた。


「うあぁぁ、もう無理! ななこちゃん好き!! ウチ、今すぐお姉ちゃんに心臓捧げる!!」


ひまりがワンコのように私の胸元に顔を埋め、激しく悶絶している。


形勢逆転。

十年かけて私を飼い殺してきたつもりだった三人は、たった一瞬の「大人の本気のデレ」によって、完全に脳を溶かされ、メロメロの骨抜きにされた。


出会った時は小学五年生だった、チビっ子魔法少女たち。

あれから気が遠くなるほどの時間が経ち、彼女たちは世界の頂点に立つほどの大人になったけれど。


手のひらの上で転がされている限り、彼女たちは一生、私の愛の奴隷だ。


「さあ、私の可愛い魔法少女たち。……これからもずっと、私を甘やかしてね」


心愛、凛、ひまり。

三十歳になった怪物たちを、圧倒的な大人力で完璧に魅了し、支配する。


私は、彼女たちの限界突破したクソデカ感情の嵐を全身に浴びながら、世界一贅沢な楽園の真ん中で、彼女たちの至高の愛に満たされ、永遠の幸せとともに微笑み続けるのだった。


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