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第23回「三つ巴のパステル・レジーム(※なぜ彼女たちは喧嘩しないのか)」


カラン、と。

夕暮れのペントハウスに、グラスの氷が融ける音が冷ややかに響いた。


目の前には、某高級車のエンブレムみたいに、完璧に三等分された極上のミルフィーユ。

フォークの入れ方ひとつ、お互いの皿への乗せ方ひとつにいたるまで、寸分の狂いもない。その不気味なほどの「対等さ」を前に、私はマキアートをすする喉を小さく鳴らした。


(……疑問だった。なぜ、この子たちは私の取り合いで喧嘩をしないのか)


月水は心愛、火木はひまり、金土は凛。日曜は三人一緒に。


あの成人式の日から、彼女たちはこの狂気的な「ローテーションデート」のスケジュールを、誰一人として破ったことがない。遅刻もしなければ、他人の曜日を侵すこともしない。


普通、これほど重苦しいクソデカ感情を抱えたハイスペック美女が三人集まれば、嫉妬で刃傷沙汰のキャットファイトが起きてもおかしくないはずだ(もちろん偏見だ)。


なのに、彼女たちの間には、絶対的な「平和」が保たれていた。


「ねぇ、お姉ちゃん。マンゴー、もう一口食べませんか?」


右側から、心愛が蕩けるような笑顔でフォークを差し出してくる。


「心愛、ずるい。お姉ちゃん、次は私のコーヒーを飲む時間」


左側から、凛が私のカップに手を伸ばす。


「二人ともストーーップ! ウチがお姉ちゃんの正面をキープしてるんだから、まずはウチと目を合わせるのが先!」


正面からひまりが身を乗り出し、私の両手をがっしりとホールドする。


三人の視線が私の真ん中で交錯する。

その瞬間、私は見た。

彼女たちの瞳の奥で、バチバチと火花を散らす、冷徹極まりない「計算」の光を。


(あ……。これ、仲が良いんじゃない。……『抑止力』だ)


私は気づいてしまった。

彼女たちが喧嘩をしない理由。それは、お互いを思いやっているからでは断じてない。


三人の実力が完璧に拮抗しており、「誰か一人が私を独り占めしようとした瞬間、残りの二人が結託して、その一人を全力で叩き潰す」という恐怖のパワーバランスが成立しているからだ。


もし心愛がその財力で私を拉致すれば、凛が法的な包囲網で彼女の資産を凍結し、ひまりがSNSの拡散力で彼女のスキャンダルを世界に暴露するだろう。

もしひまりが知名度で私を囲い込めば、心愛が圧力をかけてスポンサー契約を全て打ち切りに追い込み、凛が契約違反で彼女を告訴するだろう。


誰か一人が裏切ったりしたら、残りの二人に確実に滅ぼされる。


「ふふ。お姉ちゃん、何か難しい顔をしていますね。……どうかしました?」


心愛が私の頬に、そっと長い指先を滑らせてくる。その指は温かいのに、背筋に冷たい戦慄が走る。


彼女たちは、こうなることを十年前……小学生の時から全て予想していたのだ。


だからこそ、三人は三人とも、大好きな元リーダー(私)を他人に奪われないため、そして自分がその競争から脱落しないために、自分の得意分野で他の二人に絶対負けない、圧倒的な地位と実力を死に物狂いで築き上げてきたのだ。


心愛は、凛のリーガルスキルとひまりの知名度に潰されないだけの「圧倒的な財力」を。

凛は、心愛の財力とひまりの世論に対抗できるだけの「知力」と「国家資格」を。

ひまりは、心愛の資産と凛の論理をひっくり返すための「数百万人を動かす圧倒的な大衆の支持」を。


すべては、この百五十センチメートルの、元・年齢詐称魔法少女(私)に対する包囲網を、永久に維持するためだけに構築された。

三つ巴の絶対王政パステル・レジーム


「私たちは、お姉ちゃんが教えてくれた『リスクマネジメント』を忠実に守っているだけだよ」


凛がメガネの奥の瞳を怪しく光らせ、婚姻届の予備をデスクにコンと置いた。


「そうだよ、ななこちゃん! ウチらの実力がガチで等しいからこそ、この平和なデートローテーション(福利厚生)が守られてるんだもん! ウチら、お姉ちゃんを愛するためなら、世界のルールだって書き換えちゃうよ?」


ひまりが私の膝に顔をすり寄せ、完熟林檎の香りで私の思考を麻痺させていく。


(私の蒔いた種が、世界を動かす最強の抑止力システムになってるーーーーーっ!!!)


私は、顔を真っ赤に染めながら、あまりの事実に頭を抱えるしかなかった。

かつて私が彼女たちに授けた「自分の身を守るための智慧」は、今や「三人で均等にお姉ちゃんを分かち合い、永久に飼い殺す」という、一ミリの隙もない完璧な平和条約システムとして完成していた。


「さあ、ななこお姉ちゃん。……これからも、このウチらの完璧な楽園の真ん中で、ずっと甘やかされてくださいね」


心愛、凛、ひまり。

成人した魔法少女=怪物たちの、愛ゆえの絶対平等の檻。


私は、薬指のきらめきを見つめながら、「もう、この天才たちに逆らうなんて地球がひっくり返っても無理……」と、全霊の降伏とともに、彼女たちの微笑みの底なし沼へと、さらに深く、深く、沈み込んでいくのだった。

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