第21回「凛の独白(※冷徹な計算と、狂おしいほどの執着)」
カタ、と。
深夜の静寂に、眼鏡をサイドテーブルに置く微かな音が響いた。
薄暗い寝室。窓の外には六本木の静かな夜景が広がり、淡い街頭の光がベッドを青白く照らしている。
私は、自分の胸元に顔を埋めてすやすやと眠る、ななこお姉ちゃんの、その小さな頭をゆっくりと撫でていた。
絹のような、さらさらとした髪が指の隙間をすり抜けていく。そのあまりの柔らかさに、私の胸の奥で、じわじわと暗い熱が広がっていくのが分かった。
(……可愛い。本当に、私の計算を狂わせる人)
私は子供の頃から、周囲の同世代はもちろん、大人たちと比べても、何でもよりよくできた。そのせいで、周囲を一歩引いた目で見るような、少し冷めた子供だった。
だからこそ、出会った日のあの公園で、ななこお姉ちゃんが必死に作ったロリ声で「よろしくねっ♪」と言った瞬間、その嘘を即座に見抜いてしまった。
肌の質感、立ち姿、漂う大人の疲れ。どう見ても私たちと同世代じゃない。
スマホの画面を覗き見たら、『JS トレンド 死にたい』なんて悲痛な検索履歴が残っていて、心愛やひまりと裏で「あのお姉ちゃん、必死すぎて尊いね」ってメッセージを送り合ったのを覚えてる。
最初は、ただの興味だった。
だけど、初めての戦闘の時。怖くて震えていた私たちの前に、その小さな背中で飛び出して、合理的な状況判断と社畜のド根性で魔獣を叩き潰したあの日から。
私の心臓は、ななこお姉ちゃんという存在だけで狂い始めていた。
お姉ちゃんは、いつも私たちに「大人の戦い方」を教えてくれた。
学校の人間関係に悩んだ時も、敵の幹部に精神的な揺さぶりをかけられた時も、お姉ちゃんはいつも、泥臭くて、でも誰よりも強固な「社会人の論理」で道を切り開いてくれた。
それが、どれほど格好よかったか、お姉ちゃんはきっと分かってない。
だから私は、お姉ちゃんの言葉を全部ノートに書き留めた。お姉ちゃんの思考をトレースして、お姉ちゃんと肩を並べられる強さを手に入れようと、猛勉強して資格をいくつも取った。すべては、お姉ちゃんに「対等な大人」として認められるため。
お泊まり会の夜、私たちに挟まれてカチコチに固まっていたお姉ちゃん。
本当はあの時、背中から衣服を剥ぎ取って、その大人の身体に私の名前を刻み込んでしまいたかった。子供という檻が、これほど憎いと思ったことはない。
二十歳になるまでの数年間は、何でもできた私にとって、人生で最も非合理で狂おしい我慢の時間だった。
お姉ちゃんを囲うための会社の設立、退職手続きの執行、未払い残業代の回収。
全部、私の完璧なリーガル・コントロール(法的戦略)の成果。お姉ちゃんが教えてくれた智慧に、資格取得で得た知識を加えて、お姉ちゃんを社会の理不尽から隔離して、私たちの真ん中に監禁するための、冷徹で完璧な計算。
なのに。
一昨日の夜、変身能力を失って久しい私たちの前に立ちはだかって、一本の万年筆だけで魔獣を瞬殺したあの日のお姉ちゃんは――私の完璧な計算を、一瞬で消し飛ばすほどに美しかった。
理不尽な突発案件(魔獣)に対して、初動の迅速なタスク分散を言い放った時の、あの冷徹な大人の瞳。
ああ、やっぱりこの人には敵わない。この人の後ろで、この人にすべてを支配されて、一生飼い殺されたい。そう思った瞬間に、私の執着は完全に一線を越えた。
「……ん……。りん、ちゃん……?」
胸元で、お姉ちゃんが微かに身じろぎをして、長い睫毛を震わせた。
眠気に潤んだ瞳が、私を頼りなさそうに見上げる。
「お姉ちゃん。起こしてごめん」
私はお姉ちゃんの腰をがっしりと腕で抱きすくめ、自分の長い生足を、お姉ちゃんの小さな足に絡めつけた。シトラスの香りが、お姉ちゃんの体温と混ざり合って、ねっとりと濃くなっていく。
寝ているのか起きているのか、分からないお姉ちゃんの声。
「りんちゃん……、もう、婚姻届の、話は……保留って、言ったでしょ……」
「却下。私の計算に『保留』なんて選択肢はないから」
お姉ちゃんの細い指先を掴み、薬指のダイヤモンドに、そっと誓うようにキスをする。お姉ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、私の胸に顔を埋めて縮こまった。
もう、どこにも逃がさない。
お姉ちゃんが私を「大人」にしてくれたんだから、今度は私の完璧な包囲網の中で、一生、私の腕の中で甘やかされて溺れていってね、ななこお姉ちゃん。




