第18回「日常への復帰(※日替わりで三人とゴージャスデート)」
じっとりとした、湿気交じりの日本の空気が肌にまとわりつく。
南国の極上リゾートから帰国して一週間。私はいつものようにネイビーのスーツに身を包み、自社オフィスの社長室で大きく伸びをした。窓の外には見慣れたビル群が広がり、デスクの上には私がサインすべき書類が数枚、綺麗に並べられている。
(ふぅ……! やっぱり、地道に働く日常が一番落ち着くわね!)
高橋菜々子、三十四歳。
前職のブラック企業時代、あれほど憎んでいたはずの「仕事」だが、一度あの底なしの楽園を経験してしまうと、不思議と「平日のオフィス」が安全地帯のように思えてくるから不思議だ。
凛のおかげでサインするだけの簡単なお仕事だし、定時退社は完全厳守。
これでようやく、私の波乱万丈な人生も落ち着いた――そう、思っていた時が私にもありました。
チカリン。
午後六時、定時を告げるチャイムと同時に、私のスマホが小刻みに震えた。
画面に表示されたのは、チーム・パステルの共有カレンダーアプリの通知。
『【重要】今週の社長リフレッシュ(デート)ローテーション確定のお知らせ』
「……は?」
間抜けな声を上げた私を置いて、社長室のドアが、ノックもなしに静かに開け放たれた。
◇
【月曜日・水曜日担当:心愛のターン】
カラン、と重厚なクリスタルグラスの中で、大ぶりの氷が音を立てる。
ここは銀座の老舗、一見さんお断りの高級割烹。
鼻をくすぐる最高級の白トリュフと、出汁の芳醇な香り。貸切にされた数寄屋造りの個室で、着物姿の心愛が、私の隣でとろけるような笑みを浮かべていた。
「ななこお姉ちゃん。今日は私が、お姉ちゃんを独り占めする日だよ」
彼女の長い指先が、私の唇をそっと割り、金箔の乗った最高級の大トロの寿司を滑り込ませてくる。
「心愛ちゃん、あの、月曜からこんな贅沢……」
「めっ、ですよ? 週の始まりこそ、最高のごちそうでお姉ちゃんを労わらなきゃ。ほら、お酒も進んじゃうね」
薔薇の香水と、高級な日本酒の香りが混ざり合う。
心愛の圧倒的な令嬢の財力にモノを言わせた「おもてなし」の包囲網。週の二日間、私は彼女の胸の中に抱きすくめられ、銀座の夜に溺れさせられる。
◇
【火曜日・木曜日担当:ひまりのターン】
「ななこお姉ちゃん、こっちこっち! 早く早く!」
きらびやかなネオンが踊る、夜の渋谷。
一般の立ち入りが禁止された、有名ファッションブランドの完全貸切キャットウォーク。ひまりが私の手を引き、カラフルなドレスが並ぶラックの前で目を輝かせていた。
「ひ、ひまりちゃん!? このお店、夜中なのに開いてるんだけど……!」
「オーナーの特権だよ! 前にコラボしたとき、デザイナーもスタッフも皆イケてたから、私たちの会社で買収したんだ! 今週はななこちゃんの『着せ替えウィーク』だから! ほら、このあざと可愛いミニドレス、絶対ななこちゃんに似合う!」
ぎゅっ、とひまりの豊かな胸が、私の腕に押し付けられる。完熟林檎の甘いミストの香りが一気に鼻腔を抜け、彼女のインフルエンサーとしての「最先端の輝き」に圧倒される。
火曜と木曜は、彼女のプロデュースによる怒涛のお買い物&リムジンドライブ。私のクローゼットが、数百万のハイブランド服でみるみる埋め尽くされていく。
◇
【金曜日・週末担当:凛のターン】
静かな、クラシックの旋律が防音の室内に響いていた。
六本木の会員制ヘリポート。夜風がスーツの裾を激しく煽る中、凛が私の腰を細い腕でがっしりと引き寄せた。
「凛ちゃん……、これ、どこに向かってるの?」
「私たちの会社が提携してる、京都の隠れ家旅館。私が財務を見直して、心愛が総合プロデュースして、ひまりが拡バズらせて、経営立て直したから、無理を聞いてくれる。今夜は、一週間の疲れをヘリの夜景を見ながら癒やすって決めてあるから」
メガネの奥のクールな瞳が、熱い執着を孕んで私を見つめる。
飛行中のキャビンの中、シトラスの知性的な香りに包まれながら、凛の長い生足が、私の足にぴったりと重ね合わされた。
「お姉ちゃんは、一週間の仕事を頑張った。だから、週末は私の腕の中で、何も考えずに眠ればいい」
徹底的に計算された、逃げ場のない「大人の癒やしルート」。金曜日の夜から週末にかけて、私は彼女の完璧な管理下に置かれる。
◇
(日常って……、何だっけーーーーーっ!?)
日曜日、ようやく訪れた「完全フリー(という名の、三人全員とベッドの中で同時添い寝される日)」の朝。
私は、薬指のダイヤモンドを見つめながら、盛大に脳内で絶叫していた。
ブラック企業から脱出し、平和な日常に戻ったはずだった。
なのに、待っていたのは、月水は心愛、火木はひまり、金土は凛という、完璧にシステム化された「ゴージャス溺愛ローテーション」の日々。
「ななこお姉ちゃん、お寝坊さん。……可愛いね」
「ななこちゃん、ウチらから逃げられると思ったら大間違いだよ?」
「うん。お姉ちゃんのタイムスケジュールは、一生私たちが管理するから」
三人の美しき大人の女性たちに前後左右からホールドされ、甘い吐息を吹きかけられる。
もう、どこにも逃げ道はない。
私は、世界一贅沢で、世界一過保護な「日替わりゴージャス生活」の熱量に脳を完全に溶かされながら、「もう、この日常(ご褒美)に骨を埋めるしかないわね……」と、幸せな敗北宣言を心の中で呟くのだった。




