第17回「これは福利厚生(※エステ三昧)ですので、お姉ちゃんは拒否できません」
ふわりと、南国の海風が白いレースのカーテンを大きく揺らした。
視界いっぱいに広がるのは、息を呑むようなコバルトブルーのプライベートビーチ。波が引くたびに砂浜がサラサラと心地よい音を立て、部屋の中には、お香の上品な白檀と、フレッシュなココナッツオイルの甘い香りが満ちている。
(……南の島。極上リゾート。しかも、完全貸切)
私は、高級ホテルのエステルームにある最高級のマッサージベッドにうつぶせになったまま、じっとりと肌に染み込んでいく極上のアロマオイルの温もりを感じていた。
高橋菜々子、三十四歳。
『株式会社パステル・クリエイト』代表取締役社長。
本日、なぜか営業日であるはずの平日に、太平洋に浮かぶ南国の超高級リゾートホテルの、一泊数十万円は下らないロイヤルスイートルームに拉致されていた。
「ねぇ、お姉ちゃん。力加減、痛くない?」
背中から、耳に心地よいハスキーボイスが降ってくる。
私の背中に贅沢なオイルを塗り広げ、熟練のセラピスト顔負けの手つきで凝り固まった肩甲骨をほぐしているのは、シルクのサマードレスをまとった凛だった。メガネの奥の切れ長の瞳で、私の肌のコンディションをプロのように見つめている。というか、本当に指圧とマッサージとエステティシャンの資格までとってしまったらしい。
「い、痛くない……っていうか、最高に気持ちいいんだけどさ、凛ちゃん。私一応、社長だよね? 今週、大事な取引先とのコンペがあったはずじゃ……」
「あのアポなら、先週のうちに法務部(私)から『諸般の事情により、我が社の代表は長期の戦略的リフレッシュ期間に入ります』って、正式な書面で延期の通知を出しておいたから大丈夫」
凛の滑らかな指先が、私の腰のツボをじわりと的確に指圧する。あまりの快感に、脳の芯からとろけそうな吐息が漏れそうになる。
「そうだよ、お姉ちゃん! これは立派な『お仕事』なんだから!」
足元から、元気いっぱいの声が響いた。
私のふくらはぎを、冷たい特製ジェルで優しくマッサージしているのは、水着の上にシースルーのパーカーを羽織ったひまりだ。彼女の温かい手のひらが、日頃のパンプス生活でむくみきった私の足を、下から上へと丁寧に引き上げていく。
「お姉ちゃん、前職でクソ上司から『有給なんか都市伝説だからさぁ』って言われて、ボロ雑巾みたいに働かされてたんでしょ? ウチらの会社は、そんなブラックな労働環境は絶対に許しません! 代表取締役の心身の健康維持は、我が社の最優先タスクです!」
「いや、でも、平日に三泊四日でエステ三昧は、さすがに世間の目が……」
「世間の目なんて、私たちが全部買い叩いておいたから大丈夫だよ、お姉ちゃん」
正面から、静かに薔薇の香りが近づいてきた。
ベッドのヘッドレストの隙間から覗き込むようにして、心愛が私の顔の真ん前に座り込んでいた。彼女は、氷でキンキンに冷やされた極上のシャンパングラスを傾けながら、とろけるような大人の微笑みを浮かべている。
「このリゾートホテル、今週は私たちのグループで丸ごと一棟貸切にしてあるの。どこからどう見ても、我が社の正当な『福利厚生』。代表取締役のななこお姉ちゃんには、この環境を全力で消化する義務があります」
「福利厚生の規模がデカすぎるでしょーーーっ!!」
私が枕に顔を埋めて叫ぶと、三人は顔を見合わせ、クスクスと楽しそうに鈴の鳴るような声で笑った。
「ほら、お姉ちゃん、お顔のパックも新しくするね。じっとしてて?」
心愛が、ひんやりとした美容液たっぷりの高級マスクを、私の顔に優しく乗せていく。
彼女の細くて長い指先が、私の額や頬を愛おしそうになぞるたび、心臓がバクバクと破裂しそうなほど熱くなっていくのが分かった。
ひまりが私の足首をきゅっと掴み、頬をすり寄せてくる。
「お姉ちゃんが昔、私たち教えてくれた『自分の身を守れるのは自分だけ』っていう言葉。私たちは今、それを実践してるだけだよ。お姉ちゃんの身を守って、世界一甘やかすのは、ウチらの義務」
凛が私の背中全体を大きなタオルで包み込み、後ろからそっと抱きすくめるようにして耳元で呟いた。
(私の教えた大人の智慧が、完全にラグジュアリーな監禁システムに進化してる……!)
逆らう言葉など、もう何一つ思い浮かばなかった。
南国のまばゆい太陽の光。
肌を滑る極上のアロマオイルの温もりと、三人の「スーパーな大人」に成長した元魔法少女たちの、圧倒的な肉体の圧力。
私は、五感のすべてを極上の快感と逃げ場のない溺愛で満たされながら、「これなら、一生福利厚生の中に閉じ込められてもいいかも……」と、大人としての最後の抵抗を完全に放棄して、南国の楽園のベッドの中で、ただただ彼女たちの愛の檻に甘く、深く、沈み込んでいくのだった。




