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第16回「最強の三人(成人)と、お膝の上の元リーダー」


ちゅる、と甘美なエスプレッソの苦味が、温かいスチームミルクの膜を突き抜けて舌の上に広がっていく。


ここは都内の一等地、最上階のペントハウス。

全面ガラス張りの窓からは、五月の抜けるような青空と、眼下に広がるミニチュアのような大都会のビル群が一望できた。高級ホテルのラウンジと見紛うようなリビングには、大理石のローテーブルと、座った瞬間に身体が半分沈み込むような白い極上レザーのソファーが鎮座している。


(……おかしい。何かが、根本的におかしい)


私は、その最高級ソファーの真ん中で、手にしたマキアートのカップを見つめながら、未だに現実感が追いつかない頭を必死に働かせていた。


高橋菜々子、三十四歳。

元・限界社畜OL。現在の肩書きは――『株式会社パステル・クリエイト』の代表取締役社長、である。


である、のだが。


「ななこお姉ちゃん、はい、あーん」


右側から、心地よい薔薇の香水とともに、一本のフォークが目の前に差し出された。

フォークの先には、美しくカットされた完熟の宮崎マンゴー。それを差し出しているのは、黒いシルクのブラウスを艶っぽく着こなした心愛だ。

二十歳になった彼女は、私たちの会社以外にも多数の事業を展開する若き経営者にして、自らも投資家として莫大な資産を動かすスーパー女子大生になっていた。


「あ、いや、心愛ちゃん、フォークくらい自分で持てるから――」


「めっ、ですよ? お姉ちゃんは、そこで私たちに甘やかされるのが『社長としてのお仕事』なんですから」


心愛はいたずらっぽく切れ長の目を細めると、私の顎を長い指先でくいっと持ち上げ、有無を言わさずマンゴーを口に放り込んできた。


じゅわり、と圧倒的な甘みと果汁が口いっぱいに広がる。美味しい。悔しいけれど、気絶するほど美味しい。


「心愛、近すぎ。お姉ちゃん、お仕事の書類が見えなくなってる」


左側から、低く落ち着いたハスキーボイス。

知的で洗練された眼鏡をかけ、ノートパソコンの画面を滑らかな指先で叩いているのは凛だ。彼女は高校時代、当時最年少で司法試験予備試験を突破し、大学入学後は司法試験本試験や公認会計士試験など難関資格をいくつもパスし、我が社の最高財務責任者(CFO)兼、お姉ちゃん専属の法律顧問として、会社の裏方を完璧に支配している。


「あ、凛ちゃん! そう、書類! 社長として、ちゃんと目を通さなきゃいけないタスクが――」


「大丈夫。お姉ちゃんが読む必要はないよ。さっき私が全部目を通して、お姉ちゃんに不利益な条項は一文字残らず抹消して承認しておいたから。お姉ちゃんは、ここに『承認印(可愛いサイン)』をしてくれるだけでいい」


凛はそう言って、私にパステルピンクの万年筆を握らせた。


私の仕事は、彼女たちが用意した完璧な書類にサインをすること、ただそれだけ。

前職で「リソースが」「進捗が」と胃に穴をあけながら深夜残業していた日々が、完全に前世の出来事のように思えてくる。

満員電車に詰め込まれて通勤する必要もない。

このペントハウスに三人の元魔法少女と暮らしながら、「執務」という名の甘やかしを受ける日々。


「もーーー! 二人ともずるい! ウチもお姉ちゃんに構いたい! っていうか、乗りたい!」


正面から、弾けたような声が響いた。


短いデニムのセットアップを着こなし、抜群のスタイルを誇るハニーブロンドの美少女――ひまりが、ソファを乗り越えるような勢いで私の正面に回り込んできた。


彼女はいまや、SNSの総フォロワー数数百万人を誇る、時代の寵児たる超人気トップインフルエンサーだ。我が社の広報(顔)としても、絶大な影響力を誇っている。


「ななこちゃん、ちょっとお膝貸して!」


「えっ、ひまりちゃん、ちょっと――」


言うが早いか、ひまりは私の膝の上に、その長くて形の良い生足を贅沢に横たえた。


ぎゅっ、と私の腰に両腕を絡め、お腹のあたりに顔をすり寄せてくる。完熟林檎の甘いミストの香りが一気に鼻腔を支配し、彼女の二十歳の、瑞々しくも熱い体温が、私のタイトスカート越しにじんわりと伝わってきた。


「あ〜、これこれ! お姉ちゃん成分を補給しないと、ウチ、次の配信頑張れないもん!」


「ひまり、ずるい。私だって、本当はお姉ちゃんをお膝に乗せて、いろいろしたいですのに」


心愛が私の背中に腕を回し、首筋にふう、と熱い息を吹きかける。


「……。じゃあ、今日の夜のスケジュールは、私の部屋でお姉ちゃんを独占する時間ということでいいかな」


凛が眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、スケジュール管理アプリをタップした。


(包囲網が、一ミリも緩んでねぇ……!!)


私は、成長しすぎて文字通り「世界の覇者」みたいになってしまった三人の元・魔法少女たちに囲まれながら、完全に顔を真っ赤にしていた。


あの頃、私が必死に叩き込んだ「汚い大人の交渉術」や「合理的な生存戦略」。

彼女たちはそれを完璧に、いや、完璧以上にマスターし、今やその最強のスペックのすべてを【元リーダー(私)を全力で養い、甘やかし、外の世界から隔離する】という一点のみに全力投入していた。


「ななこお姉ちゃん。もう、あんなブラック企業で泣く必要もないし、チビってバカにしてくる大人の相手もしなくていいんですよ」


心愛が私の薬指に嵌まったダイヤモンドの指輪を、愛おしそうにつんつんと突つく。


「うん。お姉ちゃんはウチらの真ん中で、ずっと可愛く笑ってて。それだけで、ウチら何だって叶えてあげるから」


ひまりが私の手をぎゅっと握りしめ、凛が優しく私の頭をなでた。


都会の騒音すら届かない、静かな、あまりにも贅沢な空間。


三人の「スーパーな大人」に進化した元・魔法少女たちの、底なしの、そして逃げ場のないほどに心地よい溺愛の檻の中で。


私はマキアートの甘さに脳を溶かされながら、「もう、一生これでもいいかもしれない……」と、大人としての最後の理性をいとも簡単に投げ捨てて、彼女たちの腕の中に深く、深く沈み込んでいくのだった。

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