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第12回「お酒の味と、暴露大会」



カラン、と。

薄暗い店内に、大ぶりの氷がグラスの壁にぶつかる涼やかな音が響いた。


目の前に置かれたのは、琥珀色にきらめくウイスキーのロックグラス。

立ち上るスモーキーな樽の香りと、ほんのりと甘いバニラのような匂いが、鼻腔を深くくすぐる。


(……美味しい。だけど、胃の奥がひっくり返りそうに痛い)


私は震える指先でグラスを掴み、アルコール度数の高い液体を喉に流し込んだ。

カッと喉が焼けるような熱さが通り抜け、じわじわと体温が上がっていく。しかし、脳裏を支配する緊迫感は、アルコールごときでは一ミリも麻痺してくれなかった。


ソファーの右側からは、心愛のまとう高級な薔薇の香水。

左側からは、凛のシトラス系の洗練されたオーデコロン。

正面からは、ひまりの甘ったるい完熟林檎のボディミスト。


三つの異なる大人の香りに完全に包囲され、私は呼吸をするたびに彼女たちの「体温」を強制的に意識させられていた。


「どう? お姉ちゃん、お酒美味しい?」


心愛が、自身のカクテルグラスを傾けながら、とろけるような甘い微笑みを向けてくる。


彼女たちのグラスの中身は、色鮮やかなカクテルやワインだ。今日、二十歳になったばかりのはずなのに、その飲み姿はバーの雰囲気に完璧に溶け込んでいて、驚くほど絵になっている。


「う、うん。美味しいよ……。みんなも、もうお酒が飲める年齢になったんだね……。あはは、時の流れって早いやぁ……」


私は精一杯の乾いた笑い声を絞り出した。


少しでも主導権を握り返そうと、かつての「ななこちゃん」のトーンを微かに混ぜてみる。しかし、そんな大人の哀れな抵抗を、彼女たちは楽しむような目で見つめていた。


「本当、時の流れって早いよね」


ひまりが、身を乗り出すようにしてテーブルに両肘をついた。

タイトなミニドレスの胸元がぐっと波打ち、豊かな渓谷が目の前に迫る。彼女は悪戯っぽく目を細め、形のいい唇を吊り上げた。


「私、ずーっと思い出してたんだよね。ななこちゃんが、私たちの前で必死に『子供のフリ』をしてくれてた時のこと」


ドクン、と。

心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


ついに、火蓋が切られた。


「あ、あの頃は、ほら! ななこもみんなと同じ小学生として……」


「嘘ばっかり」


間髪入れずに、左隣の凛が低くハスキーな声で遮った。


凛は足を組み替え、長い生足を惜しげもなくさらけ出しながら、私のロックグラスを見つめた。


「出会って二回目の公園の時。ななこお姉ちゃん、ウチらが勧めたアニメのキャラの名前、全然覚えてなかったよね。その代わりに、スマホの画面に『JS トレンド 死にたい』って検索履歴がバッチリ残ってたの、私たち全員見てたから」


「ぶふっ……っ!?」


私は飲んでいたウイスキーを吹き出しそうになり、猛烈に咳き込んだ。

喉がヒリヒリと痛み、恥羞のあまりに顔面が急速に沸騰していく。


「あ、あれは、その……! お姉ちゃんの、お友達のスマホを、間違えて……!」


「あとね、お泊まり会の時も」


今度は右隣の心愛が、そっと私の背中に長い腕を回してきた。


ドレス越しに伝わる彼女の滑らかな肌の温もり。心愛は私の肩を優しく抱き寄せ、耳元にその唇を近づけた。衣擦れの擦れる音が、妙に生々しく鼓膜に届く。


「お姉ちゃん、寝たフリすっごく下手くそだったよ? 緊張で体中がカチコチになって、息も止めてるんだもん。私たちが両側からぎゅって抱きしめた時、心臓が壊れそうなくらいバクバク鳴ってたの、全部身体に伝わってきてたんだから」


「あ……、う……」


声が出ない。


頭の奥が真っ白に染まっていく。

思い出しただけでも夜の街を全裸で疾走したくなるような過去の恥部が、高解像度で次々と暴露されていく。


「ウチ、ななこお姉ちゃんがたまにポロッと漏らす『大人の愚痴』、実はすっごく楽しみだったんだ〜」


ひまりが、グラスのストローを咥えながらクスクスと笑う。


「『労災下りない仕事はしない』とか『リソースの押し付けはコンプラ違反』とか! ウチ、一生懸命ノートに書いて覚えたんだよ? おかげで、大学のサークルの理不尽な先輩、全員論破して追い出せちゃった!」


「私も。就職活動のインターンで人事の人を詰めすぎて、逆に特別ルートで内定もらえた。全部、お姉ちゃんの教育の成果」


凛が誇らしげにグラスを掲げる。


私の汚い大人の処世術が、彼女たちの優秀すぎる頭脳によって完璧な英才教育として昇華されていた。ありがたい。ありがたいが、もう私のライフはゼロだ。大人のプライドが、粉々に砕け散って床に散らばっている。


「……知って、たんだね。最初から、全部」


私はがっくりと肩を落とし、小さな声で白状した。

もはやロリ声を作る気力など、微塵も残っていなかった。完全なる、三十四歳の限界OLの、敗北のトーンだった。


「うん。知ってたよ、お姉ちゃん」


心愛が、回した腕にぐっと力を込めた。

引き寄せられ、私の身体が心愛の豊かな胸元へと深く沈み込む。


「あのね、お姉ちゃん。私たちはもう、子供じゃないの。守られるだけの、可愛いチビっ子魔法少女は、もうどこにもいないんだよ?」


耳元で囁かれる声が、あの日よりも遥かに低く、そして、逃げられないほどの熱を帯びていた。


ほの暗いバーの空気。

カクテルのシトラスの香りが、なぜか急に濃厚に、ねっとりと変化したような錯覚に陥る。


私は、お酒の力なのか、それとも彼女たちの放つ圧倒的な大人のフェロモンのせいなのか、激しく回り始めた頭を必死に抑えながら、次の瞬間から始まるであろう「本当の夜」の気配に、ただただ身を震わせることしかできなかった。

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