第11回「成人式会場に、とんでもない美少女(物理的にいろいろデカい)がいた」
コツン、コツン、と。
大理石の床を叩く、自分のパンプスの音がやけに寂しく響いていた。
土曜日の夜八時。高級ブティックが立ち並ぶ、都内の一等地。
街頭の温かいオレンジ色の光が、ガラス張りの建物をきらびやかに照らし出している。鼻を突くのは、都会の夜の少し排気ガス混じりの空気と、どこかの高級ホテルから漂ってくるお洒落なアロマの香りだ。
(場違い。完全に、場違いすぎる……!)
私は、一張羅の少し高めのブラウスとタイトスカートの裾を何度も引っ張りながら、内心で泣き叫んでいた。
指定された成人式の二次会会場。それは、地下へと続く重厚な黒御影石の階段の先にあった。
隠れ家のような会員制バーの入り口。真鍮製のドアノブに手をかけるだけで、指先から冷たい金属の質感が伝わり、緊張で心臓がバクバクと暴れ出す。
ごくり、と乾いた喉を鳴らし、重い扉を押し開けた。
チリン、と繊細なドアベルの音が鳴る。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、外界の喧騒が嘘のように消え去った。
ほの暗い照明。ジャズのスローテンポなベースの重低音が、心地よく床を揺らしている。空気は、高価なお酒と、カクテルに添えられたシトラスの爽やかな香りで満たされていた。
カウンターの奥、ボックス席のソファー。
そこに、その『三人』が座っていた。
「あ……」
私の足が、床に縫い付けられたように動かなくなる。
そこにいたのは、私の記憶の中にある、カラフルなリュックを背負ったちチビっ子たちでは、断じてなかった。
中央に座る、息を呑むような絶世の美女。
艶やかな黒髪をゆるく巻き、背中が大胆に開いた気品のある漆黒のドレスをまとっている。すらりとした首筋、切れ長の涼しげな瞳。
かつてツインテールを揺らしていた、面影など微塵もない。心愛だ。
「ななこお姉ちゃん。待ってたよ」
心愛が、ふっと妖艶な笑みを浮かべて立ち上がった。
その瞬間、私は圧倒された。
デカい。物理的に、ものすごくデカい。
ドレスの裾から伸びる細い足、その足元には高いヒール。身長百五十センチメートルの私を遥か上空から見下ろすその姿は、モデルか、あるいはどこかの令嬢のようだった。推定百七十八センチメートルはある。
「お姉ちゃん、遅い。待ちくたびれちゃった」
左側から、低く落ち着いた、耳に心地よいハスキーボイスが響く。
知的でクールなパンツスーツを着こなした、ショートカットの美女――凛だ。彼女はカクテルグラスを傾けながら、切れ味の鋭い、しかし熱を孕んだ瞳でまっすぐに私を見つめていた。彼女も、私より頭二つ分は高い。
「ななこちゃん、やっと来たぁー! ウチ、すっごく会いたかったんだよ!」
右側から弾けたような声。
明るいハニーブロンドの髪をアップにし、あざと可愛いピンクのタイトミニドレスをまとい、豊かな胸元を強調したギャル風の美少女。ひまりだ。
かつてのチビっ子たちは、誰も彼もが私を遥かに凌駕する高身長(みんな170cm台)のナイスバディをもつ、完璧な「合法美女」へと進化を遂げていた。
タッタッタ、と軽い足音が近づいてくる。
ひまりが猛烈な勢いで私に突進し、そのまま私の身体を正面から抱きしめた。
ふにゅ、と。
私の顔面に、ひまりの驚くほど豊満で柔らかい胸が押し付けられる。香水の甘い林檎の匂いが一気に鼻腔を満たし、脳がクラクラとした。
「ひ、ひゃまりちゃん……!?(デカい! 色んな意味でデカい!)」
「も〜、相変わらずななこちゃんはちっちゃくて、すっごく可愛い! ねぇ、早くこっち座って!」
腕を引かれ、私は中央のボックス席へと強制連行された。
ふかふかの高級レザソファーに腰を下ろすと、瞬時に右側に心愛、左側に凛が滑り込んできて、私の身体を挟み込む。逃げ場が完全に塞がれた。
「ななこお姉ちゃん、ふふ、震えてる。寒いの? それとも……緊張してる?」
心愛が私の耳元に顔を寄せ、くすくすと囁いた。
熱い吐息が耳たぶをかすめ、全身に鳥肌が立つ。彼女の長い指先が、私の膝の上に置いた手を、そっと上から包み込んできた。その手は温かく、強固で、もう絶対に離さないという強い意志が感じられた。
「凛、お姉ちゃんに何かお酒頼んであげて」
「うん。……ななこお姉ちゃん、何がいい? ビール? それとも、あの頃妙に詳しかった、居酒屋の銘柄にする? 獺祭?黒龍?醸し人九平次も用意してもらってるよ」
凛がメニューを開きながら、悪戯っぽい、しかし底の知れない冷徹な(?)笑みを浮かべて私を見つめる。
(ひえっ……10年前の私、JS相手になんて話をしてるんだ!)
心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つ。
バーのほの暗い空間。
カクテルグラスに反射する街の灯り。
そして、私を完全に囲い込む、成長した三人の元・魔法少女たちの、艶やかで、圧倒的な肉体の圧力と、執着に満ちた視線。
この子たちは、もう子供じゃない。
私を「可愛いお姉ちゃん」として、完璧に捕獲する準備を整えた、大人の女性なのだ。
私は、美女たちの甘い香りと体温の檻の中で、己の偽装が完全に無意味であったことを悟りながら、ただただ息を呑むことしかできなかった。




