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第三話 目覚め

「……ううん、あと、五分だけ寝かせておくれ……」

 

 石の棺の中で、ゼノンは寝ぼけ眼で寝返りを打とうとした。

 だが、その体は氷のように冷たく、指一本動かすこともできない。

 

「……む? そうじゃ、余は二百年後の未来へ行くために……」

 

 薄れゆく意識の淵で、彼は自分の決意を思い出した。

 術式は完璧だった。ならば、今、余の目の前には、二百年後の腑抜けた魔導士たちが、伝説の英雄の再臨を求めてひざまずいているはず――。

 

 バキィィィンッ!!!

 突如として、二百年間、外界を遮断していた石の蓋が、凄まじい衝撃と共に外側から破壊された。

 

「な、なんじゃあッ!」

 

 差し込んできたのは、期待していた称賛の光ではなく、暴力的なまでの白昼の太陽光だった。

 眩しさに顔をしかめ、涙目になりながら、ゼノンは硬直が解けた肉体を無理やり跳ね上げ、棺から起き上がった。

 

「誰じゃ! 余の神聖なる眠りを、このような無作法極まりない方法で妨げる愚か者は!」

 

 彼は視界が定まらぬまま、かつて魔王を震え上がらせた、あの威厳に満ちた(と本人は思っている)重低音で一喝した。

 

「……よし、決まったな。では、二百年後の迷える子羊共よ、崇めるが良い! 伝説の救世主、大魔法使いゼノン・アルカディアの復活じゃぁぁぁッ!!」

 

 ゼノンは棺の上に立ち上がり、両手を天に掲げ、これ以上ないほど傲然と高笑いした。

 

 ――だが。

 

 彼の耳に届いたのは、地鳴りのような歓声ではなかった。

 

「……何、あのじいさん」

「……全裸にローブ羽織って、何叫んでるの? 怖いんだけど……」

「……通報する? 一応」

「……は?」

 

 ゼノンが呆然と視界を凝らすと、そこは聖域でも何でもなかった。


 彼が眠っていた石の棺は、いつしか「粗大ゴミ」として回収され、他の不法投棄された家電製品と共に、埃とカラスのフンにまみれていたのである。

 

「え、あ、あれ? 余の屋敷は……?」

 

 ゼノンが狼狽えていると、青い制服を着た男たちが数人、血相を変えて飛び込んできた。

 

「……む? 未来の魔導士共か。礼儀を知らぬようじゃが、まあ良い。余が――」

「はいはい、わかったからね。ちょっと落ち着こうか」

 

 魔法警官たちは、ゼノンの強大な魔力と、全裸にローブという不審すぎる格好に一瞬たじろいだが、彼の老いた外見を見て、すぐに「哀れみ」の表情へと変わった。

 

「大丈夫だよ、おじいさん。自分の名前、わかるかな? 家はどこ?」

「何を言うとる! 余はゼノンじゃ! 大魔法使いゼノン・アルカディアじゃ!」

「ゼノンさんね。はいはい。アルツハイマーの症状が出てる可能性もあるな。奥さんかお子さんに連絡……」

「世紀の大魔法使いにそんなものおらん!」

「はい、そうだね。おじいちゃん……かわいそうに、相当末期だぞ……」

 

 警官たちは、ゼノンの必死の叫びをすべて「ボケ老人の幻言」として片付け、彼の手から白檀の杖を取り上げると、両脇を抱えて屋上から連れ去っていった。

 

「離せ! 余は救世主じゃ! 未来を救いに来たんじゃあぁぁッ!!」

 

 雑居ビルの屋上に、大賢者の虚しい叫びが響き渡る。

 

 ――二百年後の世界。

 そこは、魔王の再誕に怯える世界ではなく、魔法が「便利な家事道具」として完全に普及し、

 かつての英雄が、ただの「元気なボケ老人」として保護される、あまりにも平和で、そしてあまりにも残酷な未来であった。

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