第二話 眠り
第二話
「ついに、ついに完成したぞ……!」
書斎の床一面を埋め尽くした、気が遠くなるほどに緻密な術式。その中心で、ゼノンは乱れた白髪を振り乱し、狂喜の声を上げた。
あの日から一ヶ月。彼はかつて魔王を滅ぼした時以上の情熱を、この唯一無二の術式構築に注ぎ込んできた。
対象を時間軸の檻から解き放ち、肉体の律動を停止させる禁忌の魔導。
「名付けて、時を渡る極氷の揺り籠――『悠久の凍眠』!!」
庭の隅、かつて聖域と呼ばれた静謐な場所に、白檀の香りが漂う重厚な石の棺が据えられた。
ゼノンは愛用の魔導杖を抱きしめ、棺の淵に腰を下ろす。
「いいか、ノンちゃん。余が眠っている間、庭のトマトに水をやる必要はない。……だが、余が目覚めるその瞬間に、世界が滅んでいないよう、この屋敷の防衛回路を最大出力に設定しておけ」
足元でシュルシュルと鳴る相棒に最後の命を下すと、ゼノンはゆっくりと棺の中へ横たわった。
見上げる空は、あの日と同じように高く、澄み渡っている。
「……やれやれ。まさか隠居してから、二百年後の後輩たちの尻拭いをさせられる羽目になるとはな」
不敵な笑みを浮かべ、彼は杖を胸元で構えた。
「案ずるな、未来の奴らよ。余という『最強』が、少しばかり到着が遅れるだけだ。それまでせいぜい、泣きべそをかきながら待っておれ」
ゼノンが最期の詠唱を口ずさむ。
瞬間、石の棺から溢れ出した白銀の冷気が、彼の四肢を、衣を、そして白銀の髪の一本一本を、永遠を象徴する結晶へと変えていく。
やがて、重厚な石の蓋が自ずと閉まり、世界から「大賢者」の気配が完全に消失した。
春が過ぎ、秋が訪れ、冬が世界を白く塗り潰す。
主を失った庭には雑草が茂り、輝いていた魔法回路は時と共に風化し、かつての聖域はいつしか歴史の闇へと埋もれていった。
百年。そして、二百年。
平和に慣れすぎた人類が、ゼノン・アルカディアという名を「御伽話」として忘れ去った頃。
運命の歯車が、錆びついた音を立てて回り始める。
――大賢者の目覚め。
それが聖域ではなく、不法投棄された粗大ゴミの山の中であることを、眠りについた彼は、まだ知る由もなかった。




