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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第九十三話「京の鎖」

帰蝶の言葉が、玉の胸に重く残っていた。

――光秀を守りたいなら、京を読め。

――公家の腹を読め。

――そして殿の次の手を読め。

玉は深く頷いた。

だが心の奥の炎は消えない。

眠れぬ夜だった。


灯の下で机に向かい、筆を取る。

文を書くためではない。思考を整えるためだ。

(朝廷は金が尽きている)

(だから抵抗する)

(抵抗の矛先は……父上に向く)

それが、どうしようもなく現実に思えた。


岐阜城では、すでに信長が動いていた。

評定の場に呼び出されたのは、信忠と光秀。

丹波平定の余韻すら、そこにはない。

信長は机に置かれた京からの文を指で叩き、淡々と言った。

「朝廷は金が足りぬと言う」


沈黙。

誰もが分かっている。

金がないというのは、ただの泣き言ではない。

朝廷という仕組みが揺らいでいる証だ。

信長は続けた。

「ならば出してやる」

信忠が静かに言う。

「……条件を付けられるおつもりですね」

信長は

「当然だ。

金を出すなら流れを正す」

「荘園の年貢、官位の金、寺社の上納。

すべて改める。

余の許しなくして京が勝手に金を動かすな」


光秀

(朝廷の財布を握る)

それは滅ぼすより確実に京を縛る策だ。

信忠が言った。

「京は反発いたしましょう」

信長は即答した。

「反発させておけ。

京は刀を持たぬ。

文で戦うしかない」

そして信長は光秀を見た。

「光秀」

「ははっ」

「お前が京へ行け。

この信長の言葉を伝えよ」

光秀は一瞬だけ息を止めた。

信長は淡々と告げる。

「朝廷は滅ぼさぬ。

だが勝手は許さぬ」

「これを京の者どもに分かるように言え」

光秀は深く頭を下げた。

「……承知いたしました」


信長は頷く。

「お前は礼を知る。

京を知る。

だからこそお前を遣る」

その言葉は信頼ではない。

役目を与えるという名の拘束だった。

京へ向かう道中。

光秀は馬上で考えていた。

京は金に飢えている。

飢えた者は必ず牙を剥く。

殿は締める。

締められれば京は追い詰められる。

追い詰められた京は、必ず外へ手を伸ばす。

(……外の武を呼ぶ)

それだけは避けねばならぬ。

だが避けたいと思うほど、現実はその方向へ進む。


京。

光秀は五摂家の屋敷へ通された。

香が焚かれ、障子越しの光が淡い。

言葉も礼も、完璧に整えられている。

だが光秀は、一礼した瞬間に悟った。

(これは会談ではない。戦だ)

現れたのは五摂家の当主たち。

近衛、九条、二条、一条、鷹司。

朝廷の中枢。

公家の頂点。


近衛が穏やかに言った。

「明智殿、遠路ご苦労にございます」

九条

「織田殿のご意向、伺いたく」

光秀は信長の意を

「信長公は申されます。

朝廷を滅ぼす気はない。

されど、勝手は許さぬと」

五摂家の表情は崩れない。

しかし空気が冷える。

二条

「勝手とは……我らのことにございますか」

光秀は落ち着いて答えた。

「朝廷の費えが不足するなら、織田が助力する。

ただし金の流れは改める。

荘園、年貢、官位、すべて整理する、と」

その瞬間、五摂家の目が揃って光秀を見た。

鷹司

「それは朝廷の命脈を握るということ」

一条

「守ると言いながら、縛る」

近衛

「織田殿の天下に朝廷が必要なことは、我らも理解しております。

ですが――朝廷は飾りではございませぬ」

光秀は一歩も引かずに答えた。

「朝廷が飾りになれば、天下も飾りになる。

信長公もそのことは理解しておられます」

九条

「では明智殿は、織田の鎖を京にかける役を担うのですな」

光秀は胸の奥が沈むのを感じた。

(……矛先をこちらに向けた)

五摂家は信長と争うつもりはない。

争えば負ける。

だから、間に立つ者を削る。

光秀

「私は織田の家臣。

殿の意を伝えるのみ」

近衛

「ならば我らも、朝廷の意を伝えるのみ」

その言葉は穏やかな刃だった。

会談は礼儀のまま終わった。

だが光秀の背には、汗が滲んでいた。

京は、すでに敵意を隠していない。


夜。

五摂家は再び屋敷に集まっていた。

昼の会談とは違い、今度は誰も笑わない。

九条

「信長は朝廷を残す。

だが財布を奪う」

二条

「財布を奪われれば官位も儀式も動かぬ。

朝廷は死ぬ」

鷹司

「明智は使えるか?」

近衛は首を振る

「使えぬ。

あれは信長の鎖だ」

一条

「ならば外に頼るしかない」

沈黙。

そして近衛が低い声で

「越後の龍だ」

九条が頷く。

「上杉謙信。

義を掲げ、信長に従わぬ男」

二条

「謙信が動けば、信長は京を縛る手を緩めざるを得ぬ」

鷹司

「危険だ。

だが危険でなければ意味がない」

近衛は紙を取った。

「書状を送る。

朝廷が危ういとな

五摂家連盟で」

筆が走る。

雅な文だった。

だが中身は火薬だった。


翌日。

光秀のもとへ密かに報せが届いた。

――五摂家、越後へ書状を送る。

光秀は文を読み、目を閉じた。

(……やはり)

追い詰められた京は、外へ手を伸ばした。

利三が声を潜める。

「殿、これは……」

光秀は低く答えた。

「京は、殿を止めるために武を呼ぶ」

利三の顔が強張る。

「上杉が動けば、殿は……」

光秀は頷いた。

「さらに締める。

京を、より強く」


光秀は文を畳み、懐へ入れた。

「急ぐぞ。岐阜へ戻る」

利三が続く。

「すぐに報告を?」

光秀は迷いなく言った。

「当然だ。

この報せは、一刻遅れれば手遅れになる」

光秀は馬に跨り、空を見上げた。

京の空は澄んでいる。

だがその澄み方が、かえって不気味だった。


静けさは嵐の前兆。

鎖が締まり、火種が増える。

光秀は岐阜へ向けて馬を走らせた。

京が燃えれば、天下も燃える。

その兆しが、今確かに形になり始めていた。

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