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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第九十一話「公家の密談」

京は静かだった。

表向きは、雅。

花が咲き、香が焚かれ、和歌が詠まれる。

だがその裏側で、京は追い詰められていた。


金がない。


荘園の年貢は乱れ、流通は織田の手で締められ、

寺社の上納も滞り始めている。

公家の屋敷では、灯りが減った。

衣の新調も止まり、宴も消えた。

そして何より、朝廷が回らない。


御所の修繕。

儀式の費用。

官位の叙任にかかる金。

それら全てが、金で動く。

公家たちは悟っていた。

(信長に握られれば、終わる)

終わるとは、命ではない。

家格が終わる。

血筋が終わる。

朝廷という仕組みが、形だけになる。

だから彼らは動いた。


夜。

京のある屋敷。

灯りは最小限。

障子越しに、影だけが揺れる。

そこに集まっていたのは――

五摂家。

近衛。九条。二条。一条。鷹司。

公家の頂点。

朝廷の背骨。

彼らが一堂に会すること自体が異常だった。


近衛が低い声で言った。

「織田は、朝廷を生かすと言いながら、財を奪う」

「荘園の実態を明らかにせよ、などと……

あれは“調べる”という名の“奪う”だ」

「我らが金を失えば、官位も儀式も終わる。

朝廷はただの名になる

「信長は朝廷を壊す気はない。

だが、動かぬ飾りにするつもりだ」

「ならば、信長を抑える者が必要だ」

空気が凍った。


誰が抑える。

誰が止める。

武家でなければ無理。

だが武家に頼れば、さらに朝廷は弱くなる。

「織田の中に楔を打つしかない」

「信忠か。帰蝶か。あるいは――」

「明智光秀」

その名が出た瞬間、座が静まった。


「丹波を落とした。

京の事情にも通じている。

朝廷の礼を知り、武家の理も知る」

「信長に最も近く、

同時に信長に最も警戒されている男」

「光秀なら、信長を抑えられる」

「抑えるというより、

信長を理解させる役目だ」

「信長は合理で動く。

ならば合理で止めねばならぬ」

「だが光秀は織田の家臣。

こちらの言葉を聞くか?」

「聞かせる。

五摂家連名なら、無視できぬ」


公家の世界では、連名とは“圧”だ。

命令に近い。

五摂家が同時に動くということは、

朝廷そのものが動いたに等しい。

「光秀は、朝廷の威を理解している。

無視すれば、後の世に汚名が残る」

「そして光秀は、名を欲する男だ」

「書状を用意する」

「……信長に知られれば危険だ」

近衛は淡々と言った。

「危険だからやるのだ。

やらねば、我らは飢える」

こうして五摂家の書状がしたためられた。

宛先は――明智光秀。


書状が届く

丹波平定後。

光秀の陣。

使者がひそやかに現れ、恭しく文を差し出した。

「明智殿。京より……」

封は重い。

紙も上質。

香が焚き染められている。

光秀は受け取り、封を切った。

そして、目を見開いた。

「……五摂家、連名……?」

利三が顔色を変える。

「殿、それは……」

光秀は文を読み進めた。

内容は丁寧だった。

だが丁寧であるほど、怖い。

“朝廷の財政は危機である”

“織田の政策は朝廷の存続を脅かす”

“明智殿には仲介を願いたい”

“信長公に理解を示すよう諫めてほしい”

言葉は柔らかい。

しかし実態は――命令だった。


光秀の背中に冷たい汗が流れる。

(これは……罠にもなり得る)

もし受ければ、信長に疑われる。

もし無視すれば、朝廷を敵に回す。

利三が呟く。

「殿……京は、殿を使おうとしております」

光秀は答えない。

ただ、紙を見つめる。

五摂家が揃って動く。

それは朝廷の危機を意味する。

だが同時に

織田への抵抗の狼煙でもある。

光秀は静かに文を畳んだ。

「……岐阜へ戻る」

利三が驚く。

「殿、すぐに?」

光秀は頷いた。

「この件は、陣で処理できぬ。

信長様に報告する」

利三が息を呑む。

「殿、それは危険では……」

光秀は低い声で言った。

「危険だからこそ、先に動く」

もし隠せば、後で必ず疑われる。

疑いは、戦より恐ろしい。


光秀は理解していた。

織田の中で最も危険なものは、敵ではない。

信長の疑念だ。

信長への報告

岐阜城。

光秀は広間に通され、信長の前に跪いた。

信忠、帰蝶も同席している。

信長は光秀を見下ろし、淡々と言った。

「……丹波、ご苦労」

光秀は頭を下げる。

「ははっ」

そして光秀は、懐から文を取り出した。

「殿。

京より、書状が届きました」

信長の目が細くなる。

「ほう」

光秀は続ける。

「差出人は……五摂家、連名にございます」

その瞬間、空気が凍った。


信忠が眉を寄せる。

「五摂家……?」

帰蝶の表情が消える。

信長だけが笑った。

「……面白い」

光秀は言葉を続ける。

「内容は、朝廷財政の困窮と、織田の政策への懸念。

そして私に、仲介を求めるものにございます」

信長は文を受け取らず、ただ光秀を見た。

「お前はどうするつもりだ」


光秀は迷いなく答えた。

「殿に全てお任せいたします。

私は織田の家臣。朝廷の言葉に動く気はございませぬ」

信忠が小さく息を吐く。

帰蝶は光秀を見て、僅かに頷いた。

信長は笑みを消した。

「……よい。正しい」

そして信長はようやく文を取った。

読み終えた信長は、紙を机に置く。

「京が、金で苦しむのは当然だ。

金が無ければ、権威も保てぬ」


帰蝶が静かに言う。

「公家は、殿を止めるために光秀を選びました」

信忠が険しい声で言った。

「父上。これは危険です。

光秀殿を疑う者が必ず出ます」

信長は即答した。

「疑わせておけ」

信忠が目を見開く。

信長は続けた。

「疑いは、支配の道具になる。

京が光秀を抱き込もうとするなら――

その手を逆に利用すればよい」

光秀の喉が鳴った。

(……殿は、全て読んでいる)

信長は光秀に命じた。

「光秀。

お前は京の顔になる」

光秀は息を呑む。

「京の公家どもに伝えよ。

織田は朝廷を滅ぼさぬ。だが、勝手は許さぬとな」


玉はこの場にはいない。

だが帰蝶は知っている。

玉が光秀と文を交わし、丹波を動かしたことを。

信長も知っている。

信長は最後に言った。

「京は金で動く。

ならば金で縛る。

そして縛った鎖の先に、光秀を置く」

光秀の背筋が冷えた。

(これは……)

光秀は理解した。

公家は光秀を利用しようとした。

だが信長は、その利用を逆に利用しようとしている。

その狭間に立たされるのは

光秀自身だ。


光秀は深く頭を下げた。

「……ははっ。承知いたしました」

信長の目が、鋭く光った。

「よいか光秀。

京は味方ではない。

京は金の匂いで動く獣だ」

「噛まれる前に、首輪をつけろ」

その言葉に、光秀は返事をした。

だが胸の奥では、嫌な予感が渦を巻いていた。

五摂家が動いた。

信長が動く。

京が動く。

そして――

この流れの中心に、自分が置かれた。

それが何を意味するか。

光秀は、まだ言葉にできなかった。

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