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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第九十話「京の波紋」

丹波が落ちた。

京の公家たちは、その報せを聞いても表情を変えなかった。

変えられなかった。

笑みを崩せば、弱みになる。

沈黙すれば、恐れと見られる。


だが胸の内は、はっきりしていた。

(……次は、こちらだ)

丹波は山の国だ。

山が落ちたということは、道が開いたということ。

道が開けば、軍が来る。

軍が来れば、命令が来る。

そして命令の先にあるのは、決まっている。


金。

京は祈りで回っているのではない。

収入で回っている。

公家が公家であるための金。

朝廷が朝廷であるための金。

その金の源は、荘園と年貢。

そして商人たちの上納。

その仕組みが、今、崩れようとしていた。


公家の恐れは「命」ではない

戦国の世で、公家は刀を持たぬ。

だからこそ、武家の軍勢が京に近づくたび、命は軽くなる。

だが公家が本当に恐れているのは命ではない。

家格が崩れること。

家が潰れること。

そして何より――

荘園の収入が断たれること。

荘園が奪われれば、家は終わる。

年貢が止まれば、朝廷は沈む。

京は華やかに見えて、内側は金で腐りかけていた。


だからこそ、公家たちは囁く。

「織田が来れば、荘園を改める」

「年貢を勝手に取り立てる」

「いや、荘園を“無いもの”として扱う」

それは恐怖ではない。

破滅の予感だった。


岐阜城。

信長は丹波平定の報を受け、ただ頷いた。

「よし」

信忠が言う。

「京が動きます」

信長は笑った。

「動かしてやる」

帰蝶が問う。

「殿は京をどう扱われますか。

朝廷は面子より先に、金が尽きています」


信長は即答した。

「金を握る」

それが信長のやり方だった。

刀で脅すのではない。

命令で縛るのでもない。

生活を握れば、従う。

信長は机に地図を広げ、京周辺を指でなぞる。

「丹波が落ちた。

つまり物流の道を押さえた」

「山を抜ける道、米が通る道、塩が通る道、銭が通る道。

これを握れば京は息ができぬ」


信忠は息を呑んだ。

「朝廷が困窮するのは必至です」

信長は言い切った。

「困窮させるのではない。

困窮しているところへ“救い”を出す」

帰蝶は静かに頷く。

「救いに見せて、貸しを作る」

信長は笑った。

「貸しではない。

首輪だ」


京、御所。

表では雅。

だが会議の中身は、金の話ばかりだった。

「丹波の年貢は、今後どうなる」

「織田が徴収すれば、我らに回らぬ」

「寺社領も危うい」

「朝廷の費え(ついえ)は誰が出す」

公家たちは知っている。

荘園は名目上「朝廷のもの」でも、

実際は武家が押さえている。

そして武家が変われば、金の流れも変わる。

丹波平定は、単なる勝利ではない。

徴税権の移動だった。


公家の一人が吐き捨てるように言った。

「織田は、我らの荘園を守ると言いながら、

守ったふりをして吸い上げるであろう」

別の者が言う。

「いや、信長は守らぬ。

守る価値があるかどうかで切る」

沈黙が落ちた。

公家の顔色が青くなる。

彼らが恐れているのは、織田の軍ではない。

信長の合理性だ。


玉の存在が京に響く

さらに京には、別の噂が流れていた。

「丹波攻略は明智の手柄だが……

その策は岐阜の奥から来たらしい」

「明智の姫が文を送ったという」

「織田の奥で学ぶ女が、戦を動かした」

公家たちは、そこに別の危機を見た。

武家が強いのは当然だ。

だが、奥までもが政治をし始めたなら――

織田は盤石になる。

そして、盤石な武家ほど危険なものはない。

揺らがない者は、遠慮しない。


信長は使者を京へ送った。

言葉は丁寧。

しかし中身は命令に近い。

「朝廷の費用を織田が支える。

ただし、荘園の実態を明らかにせよ」

公家は震えた。

これは助けではない。

調査だ。


つまり、名目だけ残っている荘園を洗い出し、

税の流れを織田が掌握するための第一歩。

公家は分かっている。

この条件を呑めば、朝廷は生きる。

だがその代わり、朝廷は“金の自由”を失う。

呑まなければ、困窮は深まり、御所は立ち行かない。

公家の一人が呟いた。

「……買われるのだな、我らは」

別の者が言う。

「買われるのではない。

生かされるのだ」

そして誰かが、決定的な言葉を吐いた。

「生かされる者は、逆らえぬ」


信長は朝廷を滅ぼす気はない。

朝廷が消えれば、天下統一の正統性が消える。

信長はそれを理解している。

だから残す。

残すが――自由にはさせない。

朝廷を“権威”として使い、

その裏で財政を握る。

そうすれば、京は反抗できない。

公家の荘園は、

名目だけ残し、実態は織田が管理する。

その構図が出来上がれば、

朝廷は信長の許可なしに金を動かせない。


帰蝶は静かに言った。

「殿は、朝廷を潰すのではなく……

朝廷を“家臣化”するおつもりですね」

信長は笑った。

「家臣ではない。

飾りだ」

「飾りは飾りで価値がある。

だが飾りが勝手に動けば邪魔だ」

玉は理解する

玉は帰蝶の側で、その話を聞いていた。

(戦が終わったと思ったら、次は金の戦……)

丹波での勝利は、

京の財を締め上げる力を織田に与えた。

そして京は、抵抗できない。

公家は戦えない。

だから文を送る。

だから嘆願する。

だから裏で謀る。


玉は思った。

(本能寺を防ぐには、戦の勝利だけでは足りない)

信長が京を締めれば締めるほど、

恨みは溜まる。

恨みは溜まれば、必ずどこかで噴き出す。

そしてその噴き出し口が――

明智光秀になる可能性がある。

玉は背筋を冷やした。

(父上が“便利な刃”として使われれば、

最後に折られるのは父上だ)


帰蝶が玉を見た。

「玉。あなたは丹波を動かした。

次は、京の金の流れを見なさい」

玉は静かに頷いた。

「……はい」

信長はすでに、戦の次を見ている。

朝廷はすでに、生き残りのために動いている。

京は、金で揺れ始めた。

丹波の炎よりも、

もっと静かで、もっと危険な火が

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