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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第八十九話「本丸の牙(最後の国衆が仕掛ける逆襲の罠)」

丹波の本丸は、沈黙していた。

その沈黙が、異様だった。

怯えているのではない。

狩りを待つ獣のように、息を潜めている。


光秀は城を見下ろし、目を細めた。

(……何かある)

利三が低く言う。

「殿、夜襲を仕掛けますか」

光秀は即答しなかった。

焙烙玉で落とした城と同じ手で行けるほど、ここは甘くない。

「……急ぐな」

その言葉が、明智の兵を止めた。

そして、その判断は正しかった。


夜。

三人一組の斥候が山道を探り、城へ近づいた瞬間だった。

地面が沈む。

「――っ!」

一歩目で違和感。

二歩目で確信。

「罠だ、退け!!」

叫んだ直後、地面が崩れた。

落とし穴ではない。

ただの穴ではない。

穴の底に杭。

しかも竹ではない、鋭い木槍が何本も打ち込まれている。

さらに

穴の縁に仕込まれた火縄が燃え移り、

近くの草むらに火が走った。

火は一瞬で広がり、闇を裂く。


そこへ、城壁から矢が降った。

「伏兵!!」

丹波の本丸は、ただ籠っていたのではない。

明智の夜襲を待ち構え、逆に狩ろうとしていたのだ。

利三が歯噛みする。

「……見事な罠です。こちらの策を読んでおります!」

光秀は一歩も動じなかった。

火の明かりに照らされても、表情は崩れない。

「読んでいるのではない。

学んでいるのだ」


光秀は冷静に命じた。

「全軍、退く。

追う者が出れば射抜け。深追いはするな」

兵たちは素早く退き、陣へ戻った。

敵は勝ち誇ったように城壁から叫んだ。

「明智も落ちたか!!」

「夜は我らのものよ!!」

その声を聞きながら、光秀は小さく息を吐いた。

(ここで突っ込めば、こちらが死ぬ)


勝ち戦ほど、落とし穴は深い。

光秀は利三に言った。

「体勢を整える。

この城は、焙烙だけでは落ちぬ」

利三が問う。

「殿、どう攻めますか」

光秀は答えた。

「種子島を集めよ。

焙烙玉、クロスボウ、全て整える。

そして――突入は最後まで控える」

利三の目が鋭くなる。

「削り殺すおつもりで?」

光秀は静かに頷いた。

「兵は宝だ。

死体の山で勝っても意味はない」

整う道具。


数日後。

陣に運び込まれたのは、火縄銃――種子島。

そして焙烙玉。

クロスボウ。

さらに、光秀が命じた特別製があった。

焙烙玉の中に、細かく砕いた陶器の破片。

破裂すれば、破片が刃となり肉を裂く。

鉄ではないが、十分に殺せる。

利三が呟く。

「……これは、恐ろしい」

光秀は淡々と言った。

「恐ろしいから効く」

そして光秀は兵たちを見渡した。

「よいか。突入するな。

敵が弱っても突入するな。

火と煙と弾で削れ。削り尽くせ」

兵たちは頷いた。


光秀は続けた。

「敵が恐怖で折れるまで待つ。

それが丹波の最後の城を落とす唯一の道だ」

再び夜

夜が来た。

今度は、闇に紛れるだけではない。

闇を――火で支配する。

城壁へ向け、焙烙玉が放たれる。

ぼっ、ぼっ。

そして――

ぼうっ!!

火が上がった。

本丸の木造の櫓が燃え、屋根が崩れ、火の粉が舞う。

炎が夜空を赤く染める。

城の中で叫びが上がった。

「火だぁ!!」

「水を持て!!」

「消せ!!消せぇぇ!!」

だが混乱の中、光秀の声が響く。

「種子島――撃て」

火縄銃の音が山に反響した。

ドン!

ドン!

火の明かりで浮かび上がった兵が、次々に倒れる。


敵は慌てて隠れるが、隠れた先に――クロスボウの矢が飛ぶ。

シュッ。

「ぐっ……!」

狙いは確実だった。

火で浮かせ、銃で削り、矢で止めを刺す。


そして焙烙玉が、さらに投げ込まれる。

今度の焙烙玉は違った。

――パンッ!!

破裂した瞬間、陶器の破片が飛び散った。

「うわぁぁぁ!!」

「目がっ!!」

「顔が裂けた!!」

陶器の破片は、鎧の隙間に入り込み、

喉を裂き、頬を裂き、手を砕く。

敵の悲鳴が止まらない。

炎は燃え上がり、煙が城内を満たす。

逃げ場はない。

籠城は、地獄となる。


城壁の上で叫ぶ者がいた。

「もう無理だ……!」

「降れ!降るしかない!」

しかし本丸の主は怒鳴り散らす。

「黙れ!!

明智に降るくらいなら、ここで死ね!!」

その言葉が、最後の士気を削った。

“死ね”と言われた兵は、死ぬために戦わない。

生きるために裏切る。

光秀は城を見下ろし、最後まで冷静だった。


火の勢い。

敵の動き。

城壁の上の影の数。

全てを見ていた。

利三が言う。

「殿……敵は、もう限界にございます」

光秀は答えない。

まだだ。

恐怖が頂点に達した時、人は折れる。

だが折れる瞬間は、最も危険でもある。

焦って突入すれば、残った牙に噛み殺される。

光秀は静かに命じた。

「もう一刻待て」

その一刻が、勝敗を決めた。

城内から火が上がり続け、

叫びが悲鳴へ変わり、

悲鳴が嗚咽へ変わった。

そしてついに――

城壁の上にいた兵が、槍を捨てた。

「……もう戦えぬ」


それが合図だった。

光秀は目を細めた。

(落ちた)

光秀は低く命じた。

「突入せよ」

その声は、怒号ではない。

決定だった。

明智勢が一斉に動く。

門を破り、火の中を抜け、

混乱した敵を押し潰す。

抵抗は僅かだった。

敵の槍は揺れ、

剣は落ち、

膝が折れる。


城の主も最後まで叫んだ。

「明智ぃぃ!!」

だがその叫びは、煙に呑まれた。

夜明け前。

本丸の天守に、明智の旗が立った。

丹波は――落ちた。

光秀の冷静

燃え上がる城を背に、光秀は一歩も浮かれなかった。

利三が言った。

「殿……丹波、ついに落ちました」

光秀はただ頷いた。

「落ちたな」

喜びはない。

達成感もない。


あるのは、次に来るものへの警戒だけ。

光秀は火の粉が舞う空を見上げ、呟く。

「丹波が落ちれば、京が動く」

そして胸の奥で、玉の文を思い出した。

闇夜。

少数部隊。

火と矢。

恐怖で折る。

娘の策が、ここまで戦を変えた。

光秀は小さく息を吐いた。

「……玉。お前の言葉は、確かに届いた」

丹波の戦は終わった。

だがこの勝利が、

京の潮目を変え、

織田の運命を変え、

そして、明智の未来を決める。

それを光秀は知っていた。

だからこそ、最後まで冷静だった。


勝った時こそ、

次の刃が近づいている。

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