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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第五十七話「嫡男の疑念」

信忠は廊下を歩きながら、図面の線を頭の中で反芻していた。


焙烙玉。

投石機。

導火線の長さ。

鉄片を混ぜた破裂の散り方。


ただの思いつきではない。

実戦を知る者の発想だ。

(明智は、確かに理の男だ)

(だが……これは理だけでは出ぬ)


信忠の眉がわずかに寄る。

兵站の構想。

補給を「流れ」として組む仕組み。

火薬の湿気対策。

木炭や石灰を入れる工夫。

どれも細かい。


細かすぎるほどだ。

(次から次へと……)

(明智が、ここまで戦を変える策を持っていたか?)

信忠の中で、ひとつの疑念が形を取った。

――玉。

あの娘。

帰蝶の側にいる下働きの娘。

だが、ただの下働きではない。


あの目。

何かを知っている者の目。

何かを隠している者の目。

そして何より、城の者が噂していた。

「帰蝶様のお食事を変えたのは、あの娘だ」

「殿が機嫌を良くする料理を、あの歳で作る」


信忠は知らぬうちに、口の中で呟いていた。

「……もしや」

(兵站も、火薬も)

(あの娘の知恵が混じっているのではないか)

背筋が、ぞくりとした。

それがもし真なら

明智の強さは、明智ひとりのものではない。

信忠は足を止めず、そのまま殿の居間へ向かった。


信長のいる部屋は静かだった。

外の喧騒が嘘のように、

畳の上には余計な音がない。


信長は書状に目を落としたまま、顔を上げずに言った。

「信忠。何用だ」

信忠は膝をつき、短く答えた。

「明智の件にございます」


その言葉で、信長の目が上がった。

「ほう」

信忠は淡々と報告する。

「兵站の仕組み、補給の循環、火薬の防湿。

さらに焙烙玉を用いた撹乱策――投石機による長距離の攪乱を提案しております」


信長の口元が僅かに上がる。

「……面白い」

信忠は続けた。

「敵の隊列が整う前に、爆音と煙で崩し、

突撃を鈍らせる。

鉄砲隊の撃ち込みに繋げる策です」

信長は扇を指で叩き、短く言った。

「やらせろ」

即断だった。


信忠は頷いたが、そのまま一歩踏み込んだ。

「父上」

信長の目が鋭くなる。

「何だ」

信忠は言葉を選びながら、問いを投げた。

「明智の策が、近頃あまりにも続きます。

兵站も、火薬も……」

「明智が元より持っていたものか、

それとも……誰かの助けがあるのか」


信長の目が細くなった。

その沈黙は短かったが、信忠には十分だった。

(父上は、気づいている)

信忠はさらに問う。

「明智の娘――玉。

あの者は、どういう経緯でこの城にいるのですか」

信長の口元が歪んだ。

笑みに近い。

「……帰蝶が拾った」

信忠は眉を動かした。

「拾った、とは」

信長は面倒そうに言う。

「明智が京へ出る折、

娘を置く場所が要った。

帰蝶が欲しがった。それだけだ」


信忠は静かに息を吐いた。

(欲しがった……)

(帰蝶母上が、あの娘を)

信長は扇を閉じ、信忠を見た。

「お前、玉に興味があるのか」

信忠は即座に否定しなかった。

「……役に立つ者なら、知っておきたいだけです」

信長は鼻で笑った。

「役に立つ」


そして、低く言った。

「信忠。役に立つ者は使え。

だが、賢い者は疑え」

信忠は深く頭を下げた。

「はっ」

信長は続けた。

「明智は使える。

娘は……まだ分からぬ」

その言葉は、試すような響きを持っていた。

信忠は立ち上がり、部屋を辞する。


廊下へ出た瞬間、胸の奥に残ったのは妙な感覚だった。

(まだ分からぬ……)

父は「分からぬ」と言った。

だが信長ほどの男が、

分からぬ者を城の中枢に置くはずがない。

つまり

(父上は、あえて置いている)

(あの娘を)


信忠の脳裏に、玉の静かな眼差しが浮かぶ。

料理を出すときの、慎ましい所作。

言葉を選ぶ癖。

必要以上に目立たぬようにしているのに、

どうしても滲む「知」。

(明智の焙烙玉)

(明智の兵站)

(もし玉が絡んでいるなら――)


信忠は知らぬうちに、足を止めていた。

怖い。

だが同時に、興味が湧く。

この戦国の世で、

ただ生き残るために知恵を研ぐ娘。

そしてその知恵が、

明智という男を変え、

織田の戦を変えようとしている。


信忠は心の中で、静かに呟いた。

(玉……)

(お前は、何者だ)

その問いが、信忠の中に深く沈み込んだ。

そして気づけば、

信忠の世界の端に、確かに玉という存在が入り込んでいた。

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