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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第二十七話 帰蝶視点「蝮の微笑」

箸を置いた。

皿の上には、揚げた鳥の欠片がわずかに残っている。

油の香は強くない。

むしろ、香ばしさだけが、静かに部屋に残った。


(……妙だ)

帰蝶は心の内で呟く。

武家の食事としては、あまりに軽い。


だが軽いのに、腹に落ちる。

舌に残る。

油は重くない。

衣は厚くない。

塩は強くない。

それでも、味が立つ。


(同じ鳥だ)

(同じ油だ)

(同じ塩だ)

(それなのに、なぜここまで違う)

帰蝶は、玉の小さな背を思い出した。


盆を運ぶ姿は、ただの下働きの娘と変わらぬ。

声も小さい。

目立たぬように動いている。

――だが、目だけが違う。

あの目は、己を隠している目だ。

隠している者の目。

隠している者は、必ず何かを持つ。


帰蝶は扇を手に取り、軽く開いた。

(……面白い)

自分の胸に浮かんだ言葉に、帰蝶はわずかに驚いた。

面白い。

そんな感情は、この城で長く生きていれば、とうに捨てたはずだった。


面白いと思った瞬間、油断が生まれる。

油断は死に繋がる。

帰蝶はそれを知っている。

知っているのに――。

あの味は、帰蝶の胸に「遊び」を生んだ。

遊び心。


女が女として笑える、ほんの僅かな余白。

帰蝶は、白玉の残りを箸でつまんだ。


柔らかい。

餅ではない。

餅であれば、喉に詰まる危険もある。

だがこれは、老人でも子でも食える。

(……計算している)

帰蝶は心の中で笑った。


玉は、ただ料理を作ったのではない。

相手の舌と立場を考えた上で、作っている。

それが怖い。

そして、それが気に入った。


帰蝶は扇で口元を隠しながら、ふと想像した。

(信長に食わせたら、どうなる)

あの男。

天下を望み、炎を好み、何もかもを壊す男。

味に関しては、意外なほど素直だ。

旨いものには、子どものように笑う。


帰蝶は、信長がこの鳥を口にする姿を思い浮かべた。

最初は無造作に食うだろう。

だが

ぱり、と衣が鳴る。

その瞬間、信長の眉が動く。

「ほう」

そう言って、もう一つ口に運ぶ。

そして次の瞬間、面白がるように笑う。

「誰が作った」

「玉にございます」

「明智の娘か」

そして、信長が笑う。


あの残酷な男が、純粋に驚く。

その顔が見たくて、帰蝶は思わず微笑みそうになった。

(あの男が驚く顔は、久しく見ておらぬ)

帰蝶は扇の陰で、ほんの僅かに口元を上げた。

笑っているのを誰にも見せぬために。



そして次に、さらに先の景色が浮かぶ。

家臣団の宴。

柴田、丹羽、滝川、羽柴。

腹の底で互いを探り合いながら、酒を飲む男たち。

言葉では忠義を語り、目では首を狙う男たち。

その場で、玉の料理を出したらどうなる。

(面白い)


酒の席で、料理はただの飾りではない。

男の腹を満たすもの。

気を緩めるもの。

機嫌を左右するもの。

胃袋を掴めば、舌が緩む。

舌が緩めば、情報が落ちる。

情報が落ちれば、駒が動く。

帰蝶の中で、料理がただの食事ではなくなっていく。


これは武器だ。

刀ではない武器。

女が握れる武器。

(家臣の胃袋を掴むのも、悪くない)

(あの男たちが、私の席で驚く顔をする)

(そして、信長が笑う)


帰蝶は想像する。

宴席で信長が言う。

「この鳥、うまいぞ。

お前らも食え」

その一言で、家臣たちは一斉に箸を伸ばす。

そして、驚く。

驚いた男たちは、帰蝶を見上げる。

「奥方様、これは……」

その時、帰蝶は扇を開き、微笑んで答える。

「さて、誰の知恵でしょうな」


男たちの間に、ざわめきが走る。

玉の名が広がる。

明智の名が広がる。

――その時、信長はどう動く。

帰蝶の心は、そこまで読もうとしていた。

(玉は、面白い駒だ)

(明智の娘)

(信長の側に置けば、信長は喜ぶ)

(だが明智にとっては……)

帰蝶は、そこで思考を止めた。

明智のことを考えると、味が少し苦くなる。


光秀。

あの男は静かすぎる。

静かすぎて、いつか音もなく刃を抜く。

帰蝶は確信している。

明智は、危うい。

そしてその娘が、玉。

(危うい男の娘が、こんな料理を作る)

(偶然ではない)

(偶然であるなら、それはそれで恐ろしい)

帰蝶は、もう一度だけ、残った汁粉を口に含んだ。

甘い。


だが甘いだけではない。

どこか冷たい甘さ。

まるで玉の目と同じだ。

帰蝶は心の内で呟いた。

(玉)

(お前は、私の手元で磨けば、さらに光る)

(光れば光るほど、危険にもなる)

帰蝶は扇を閉じた。

そして、誰もいない部屋で、ほんの僅かに微笑んだ。


それは、女の微笑ではない。

蝮の微笑だ。

獲物を見つけた者の微笑。

楽しみを見つけた者の微笑。

(信長に食わせてみよう)

(あの男が驚く顔を見てみたい)

(宴で出してみよう)

(家臣の胃袋を掴み、舌を緩めてみよう)

帰蝶の胸の中で、次々と想像が広がっていく。


戦は刀だけではない。

女の手のひらにも、戦はある。

そして帰蝶は、確信した。


玉はその戦を

よく分かっている娘だ。

だからこそ、手放せない。


帰蝶は小さく息を吐き、静かに言った。

「……面白い」

その言葉は、誰にも聞かせぬ独り言だった。

岐阜城の奥で、蝮の娘の心は、久しく眠っていた愉悦を、確かに取り戻し始めていた。

皆様この物語を読んでくれててありがとうございます。

さて、今自分で書いていても面白くなってきたと、次はどんな展開にしようかと楽しみでもあります。


また次も自分自身も楽しめる、そんな話を書いていきたいですね。

では次話自分も楽しみます。

皆さんも楽しんでくださいね。

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