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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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二百五十五話 京、包囲――近衛前久の告白

それから、一月。


京。

町の空気は、かつてないほど張り詰めていた。

東から、西から。

関東から四国まで。

織田信長の号令に応じた諸勢力が、続々と京へ集まっていた。

その数は、もはや京の人々が見たこともない規模に膨れ上がっている。


街道という街道を兵が埋め、馬の蹄が鳴り、槍が林立する。

そして織田家は、集まった兵を維持するために兵糧を惜しみなく放出した。


「倉を開けよ!」

「まだございます!」

「ならば出せ!」

織田の備蓄米、味噌、干物、乾物。

各地から運び込まれた兵糧も加わり、京には巨大な兵站が構築されていた。


信長は、もはや隠すつもりなどなかった。

これは単なる上洛ではない。

織田家の総力を見せるための上洛である。


そして――。

最初に信長が向かった場所。

それは近衛邸であった。

近衛邸の周囲を、織田の兵が完全に取り囲む。

門。

裏口。

塀の外。

逃げ道という逃げ道を塞ぐ。

「近衛殿にお会いする」

信長の言葉に、門が開かれた。

信長。

光秀。

そして信忠。

三人が屋敷へ入っていく。

ただし、使用人たちは一人も屋敷の奥へ入ることを許されなかった。


「全員、外へ出せ」

「はっ!」

近衛家の者たちは不安そうな顔を浮かべながら、建物の外へと出されていく。

やがて、屋敷の中には近衛前久と、信長たちだけが残った。


近衛は座したまま、三人を見つめていた。

やがて信長が口を開く。

「近衛」

「……はい」

「誰だ?」

近衛の表情が固まる。

「……何のことでございましょう」

「惚けるな」

信長の声が響く。

「本能寺の背後にいる者だ」

「私は、公家として――」

「聞いておらぬ」

信長が遮った。

「儂が聞いているのは、公家として何をしたかではない」

一歩、前へ出る。


「誰に命じられた?」

「……」

「誰が、秀吉を動かした?」

「……」

「誰が、儂と信忠を京へ誘き出そうとした?」

近衛は黙っている。

「誰が、織田家そのものを潰そうとした?」

「……信長様」

「答えよ」

近衛は苦しそうに目を伏せた。

「私は……朝廷の安寧を思えばこそ――」

「言い訳は聞かぬ!」

信長が怒鳴った。


近衛の肩が震える。

「本能寺で儂が死んでおればどうなった?」

「……」

「信忠も死んでおれば?」

「……」

「玉も、安寧丸も狙われていた」

近衛は目を閉じた。

「それでもまだ、公家としてなどと言うつもりか?」

「……申し訳ございませぬ」

信長は腰へ手を伸ばした。

そして――。

刀を抜いた。

鞘から抜かれた刃が、静かに光る。

近衛の顔から血の気が引いた。

信忠が息を呑む。

光秀も黙って見ている。

近衛は刀を見つめた。

「……ここで斬られるのであれば、それもよい」

静かな声だった。

「私自身の罪として、受け入れましょう」

そして顔を上げる。

「ですが――」

近衛の目には覚悟があった。

「主上にまで刃を向けることだけは、おやめいただきたい」

信長の目が細くなる。


「……ほう」

「朝廷そのものを敵として扱われれば、天下が乱れます」

「ならば話せ」

近衛はしばらく黙った。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「……誠仁親王様にございます」

空気が止まった。


信忠の目が見開かれる。

光秀も、一瞬言葉を失った。

信長だけが、じっと近衛を見ていた。

「もう一度言え」

「……誠仁親王様にございます」

「皇太子が?」

「はい」

近衛の声は震えていた。

「ただし、親王様が直接兵を動かされたわけではございませぬ」

「ならば、どういうことだ?」

「人を使われたのです」

近衛は話し始めた。

「私には、朝廷を守るための策だと伝えられておりました」

「それでお前は動いた」

「はい」

「秀吉には?」

「天下を望む心を利用したのでございましょう」

「毛利は?」

「織田家が弱体化した後の利を示されたのでしょう」

「寺社は?」

「信長様への反感を利用された」

「徳川は?」

「……徳川までも、直接ではなく、その動きを利用された可能性がございます」

信長は黙って聞いていた。


近衛はさらに続ける。

「そして、征夷大将軍の話です」

「うむ」

「信長様を京へ呼ぶために、朝廷の権威が利用された」

「……」

「信忠様まで京へ同行されれば、一度に織田家の中枢を失わせることができる」

近衛は俯いた。

「本能寺で二人を討ち、その後に織田家を混乱させる」

「そして秀吉が天下を取る」

「はい」

「……だが、それだけではないな」

信長が言った。


近衛は顔を上げた。

「はい」

「儂らが死んだ後、玉と安寧丸まで狙う理由がない」

「……」

「それを命じたのも、誠仁親王か?」

近衛はしばらく沈黙した。

そして――。

「……その可能性が高いと」

「可能性?」

「私は、全てを知らされていたわけではございませぬ」

信長の目が鋭くなる。

「お前も利用されたということか」

近衛は苦しそうに頷いた。

「……はい」

「何ということだ」

信忠が呟く。


近衛は深く頭を下げた。

「ですから……」

「何だ?」

「どうか、朝廷そのものを解体することだけは、お許しください」

「……」

「罪を犯した者を裁くことに異論はございませぬ。しかし、主上まで巻き込めば、我が国そのものが壊れます」

近衛は必死だった。

「朝廷を守るためにも、どうか……」


信長は刀を収めた。

そして問いかける。

「誠仁親王は、今どこにいる?」

近衛は答えた。

「……お住まいは――」

その場所を聞いた信長の表情が変わった。

「そこか」

「はい」

信長は立ち上がった。

「行くぞ」

光秀と信忠も立ち上がる。

信長は近衛を見た。

「近衛」

「はい」

「お前の話が嘘なら――」

「……承知しております」

「二度目はない」

そう言い残し、信長たちは近衛邸を後にした。

外では既に兵が待機していた。

信長は馬へ乗る。

向かう先は――。

誠仁親王の居所。

本能寺の変から始まった謀略。

秀吉。

毛利。

寺社。

公家。

そして近衛前久。

その全ての糸を辿った先に、ついに――。

真の黒幕がいる。

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