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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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二百五十ニ話 京から伸びる糸

本能寺。

「朝廷周辺に、今回の本能寺の件と関わる動きがあった可能性がございます」


その報告を聞いた信長は、しばらく黙っていた。

やがて、秀吉へ視線を戻す。


「猿」

「……はい」

「今の話を聞いて、何を思った?」

秀吉は答えなかった。

「お前は知っているな」

「……」

「朝廷の中で、誰が動いていたのか」

秀吉の額に汗が浮かぶ。

「私が直接確認したわけではございませぬ」

「だが、心当たりはある」

「……」

「そういう顔をしておる」

秀吉は俯いた。

信長は光秀に目を向ける。

「光秀」

「はっ」

「京へ使いを出せ」

「どちらへ?」

「朝廷だけではない。公家の邸も調べよ」

「承知しました」

「ただし、乱暴にするな」

光秀が意外そうな顔をする。

「……よろしいのですか?」

「今、朝廷を敵に回すのは早い」

信長は冷静だった。


「敵が朝廷そのものなのか、朝廷の中にいる一人なのか、それを見極める必要がある」

「なるほど」

「下手に動けば、黒幕に逃げ道を与える」

光秀は深く頭を下げた。

「承知いたしました」

その時、秀吉が小さく口を開いた。

「……信長様」

「何だ」

「一つだけ、申し上げておきたいことがございます」

「申せ」

「今回の策は、私が思いついたものではありませぬ」

「それは先ほども聞いた」

「はい」


秀吉は一度息を吸った。

「ですが、私が最初に話を持ち掛けられた時……」

「うむ」

「その方は、私のことをよく知っておりました」

信長の目が細くなる。

「お前のことを?」

「はい」

「何を知っていた?」

「私が何を欲しているのか」

秀吉は苦笑する。

「何を言えば私が動くのか。それを最初から知っていたようにございます」

「天下だな」

「……はい」

「お前の野心を利用した」

「その通りでございます」


秀吉は続けた。

「私に『信長様を倒せば、天下はお前のものになる』と思わせた」

「実際、お前はそう思った」

「はい」

「だから乗った」

「……はい」

信長は秀吉をじっと見る。

「お前ほど欲の深い男を、そこまで正確に動かした」

「……」

「それだけ人の心を知っているということか」

秀吉は答えなかった。

光秀が静かに言う。

「それならば、真の黒幕は戦場にいる必要すらない」

「そうだ」

信長が頷く。

「人を動かせばよい」

秀吉が小さく呟く。

「……まるで、人を駒として扱うような方でございました」

「会ったのか?」

「いいえ」

「では、なぜそこまで分かる?」

「私に直接指示した者から聞いた話でございます」

信長はそこで引っ掛かった。


「直接指示した者?」

「はい」

「誰だ」

「……」

秀吉はまた黙る。

「猿」

「……」

「いい加減にせぬか」

「申し訳ございませぬ」

「その者は近衛か?」

「違います」

信長の眉が動く。

「では誰だ」

秀吉は答えられない。

光秀が一歩前へ出た。

「秀吉殿」

「……」

「あなたが恐れているのは、その人物が捕まることではない」

秀吉が顔を上げる。

「その人物の名を口にした瞬間、あなたがこれまで積み上げてきたものが全て崩れることを恐れている」


「……」

「違いますか?」

秀吉は何も言えなかった。

信長はその様子を見て、確信を深めた。

「ならば、無理に聞く必要もない」

「……?」

「こちらで探す」

信長は立ち上がった。

「お前の口から聞けぬなら、周囲から拾えばよい」

秀吉の顔色が変わった。

「信長様……」

「安心せい」

信長は冷たく笑った。

「お前だけを責めるつもりはない」

「……」

「お前を利用した者も、必ず見つける」


その頃――。

岐阜

信忠率いる千名の兵が、ようやく岐阜城へ到着していた。

「信忠様!」

城門を守る兵たちが一斉に頭を下げる。

信忠は馬から降りると、すぐに城内へ向かった。

「玉は?」

「奥におられます」

「安寧丸は?」

「ご無事です」

信忠はようやく息を吐いた。

そして玉のもとへ急ぐ。

「玉!」

襖の向こうから声がする。

「信忠様?」

「入るぞ」

「はい」


襖を開ける。

そこには玉がいた。

信忠は玉の姿を見た瞬間、表情を曇らせた。

「……手の傷」

「大したことはありません」

「大したことがないわけがない」

信忠は玉の前に座る。

「父上から命じられた」

「父上が?」

「俺と千の兵で、岐阜を守れと」

玉は静かに頷いた。

「やはり……」

「何か思うところがあるのか?」

玉は少し考えてから答えた。

「本能寺は終わっていない気がします」

「俺もそう思う」

「信長様は?」

「秀吉を尋問している」

「何か分かりましたか?」

「まだ全ては分からない」

信忠は玉に伝えた。


「だが、秀吉の背後にさらに誰かがいるらしい」

玉の顔が曇る。

「……朝廷でしょうか」

「分からない」

「徳川も……」

「うむ」

信忠は頷く。

「だからこそ父上は、お前を守れと俺に命じた」

玉は安寧丸を見た。

「ありがとうございます」

「礼などいらぬ」

信忠は力強く答える。

「俺はお前と安寧丸を守る。それだけだ」


その頃。

京では――。

一人の人物が静かに報告を受けていた。

「本能寺、失敗いたしました」

「……そうですか」

声の主は、驚くほど落ち着いていた。

「信長は?」

「生存しております」

「信忠は?」

「生存しております」

「玉は?」

「生存」

一瞬の沈黙。

「……そうですか」

それだけだった。

しかし、報告する者には分かった。

その沈黙の奥に、僅かな苛立ちがある。

「秀吉は捕らえられました」

「……」

「近衛様にも、いずれ本件が伝わるかと」

「構いません」

「よろしいので?」

「近衛殿が知っていることは、全てではありません」

その人物は静かに答えた。

「むしろ、近衛殿には今まで通りでいてもらった方がよい」

「……承知いたしました」

「秀吉がどこまで話すか」

「はい」

「それだけは注意しておきなさい」

「はっ」

報告者が去っていく。

一人残ったその人物は、静かに外を眺めた。

本能寺は失敗した。

信長も信忠も生きている。

玉まで生きている。

だが――。

「まだ一手ございます」

誰にも聞こえない声で呟く。

その視線の先には、京の町が広がっていた。

そしてその人物こそ――。

今回の謀略を最も深い場所から動かしていた存在であった。

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