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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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二百四十九話 近衛前久――策士の余韻

その頃、京。

近衛前久は静かな部屋で、一人の報告を聞いていた。


「……失敗したか」

「はい」

報告した者は深く頭を下げる。

本能寺で信長と信忠を討つ。

その後、織田家を混乱させる。

さらに岐阜の玉と安寧丸まで消し、織田家の中枢を一気に崩す。

そこまで描いた策だった。


だが――。

信長は生きている。

信忠も生きている。

そして秀吉は捕らえられた。

「まったく……」

近衛は小さく息を吐いた。

「惜しいところであったな」

しかし、そこに悔しさだけがあるわけではなかった。

「それでも、織田に一矢報いることはできた」

本能寺を襲わせた一万の兵。

織田軍に与えた損害。

そして何より、織田家に「内部に敵がいる」という疑念を植え付けた。

それだけでも、今後の織田家にとっては大きな負担となる。


近衛は用意していた備蓄を思い浮かべた。

「これほどの策を動かすには、それなりのものが必要だったが……」

それでも構わなかった。

織田信長に一矢報いる。

そのために使ったのであれば、惜しくはない。

近衛は盃を手に取った。

そして、ふと笑った。


「しかし……」

その脳裏に、今回の策を最初に聞かされた時のことが蘇る。

人を動かす。

それも、ただ命令するのではない。

本人が自分の意思で動いていると思わせながら、望んだ方向へ誘導する。

秀吉という男を使ったのも、その一環だった。

秀吉には天下への欲がある。

そこを突けばいい。


毛利には毛利の事情がある。

寺社には寺社の思惑がある。

公家には公家の欲がある。

それぞれの人間が持つ欲望を見抜き、それを利用して一つの流れへと繋げていく。

近衛は思わず感嘆した。


「……あのお方も、よくぞこんな策を思いつくものだ」


自分でさえ、ここまで人を駒として動かす策は容易ではない。


まして秀吉だ。

あの男は、単純な操り人形ではない。

欲深く、用心深く、そして何より生き残ることに貪欲な男。

そんな男を――。

「自ら動かしたのだからな」

近衛は静かに笑った。

命令したのではない。

脅したのでもない。

秀吉自身に、

「天下を取れる」

と思わせた。

そして秀吉は、自らその道へ進んだ。

「人の欲を知り、人の恐れを知り……」

近衛は盃を傾ける。

「そして、人が何を望めば動くのかを知っている」

今回、本能寺の策そのものは失敗した。

だが、近衛にとって一つだけ確かなことがあった。

織田家は無傷ではない。

信長は生きている。

信忠も生きている。

だが、織田家はこれから必ず疑心暗鬼に陥る。

誰を信じればいいのか。

誰が裏切っているのか。

誰が次に狙われるのか。

その疑念だけでも、織田家の力を削ることはできる。


「それにしても……」

近衛はふと笑みを浮かべた。

「あの秀吉を、ここまで見事に動かすとは」

そして、しみじみと呟く。

「人心掌握とは、ああいうことを言うのであろうな」


近衛はまだ知らない。

本能寺で捕らえられた秀吉が、信長の尋問によって少しずつ口を開き始めていることを。

そして玉が、徳川からの進言にまで疑念を抱き始めていることも。

何より――。

今回の策が失敗したことで、近衛自身へと繋がる糸が、少しずつ表へ出始めていることを。

近衛はただ、静かに盃を置いた。

「さて……次はどう動くか」

その顔には、まだ余裕があった。

しかし――。

その余裕がいつまで続くのか。

本能寺の裏で動いていた策は、まだ完全には終わっていなかった。

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