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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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二百四十六話 本能寺の裏――秀吉、崩れる

本能寺。

戦場から連れてこられた羽柴秀吉は、両足を撃ち抜かれ、立つこともできずに座らされていた。


その正面には織田信長。

左右には信忠と明智光秀。

秀吉の周囲には、完全武装した織田の兵が立っている。


先ほどまで一万の兵を率いて織田家を襲っていた男とは思えないほど、秀吉は静かだった。

だが、その目だけは忙しく動いている。

信長はそんな秀吉をしばらく眺めた。

そして、静かに口を開いた。


「猿」

「……はっ」

「何故、儂を襲った?」

秀吉は俯いた。

「天下を……」

「天下?」

「はい」

「それだけか?」

「……」

「一万もの兵を率いて本能寺を襲ったのだ。ただ天下が欲しかった、では話が合わぬ」

信長の声が低くなる。

「いつから計画していた?」

秀吉は答えなかった。

「答えよ」

「……半年前ほどからにございます」

信忠が眉を寄せる。

「半年前?」

「はい」

「本能寺を襲う計画をか?」

「当初から本能寺を狙っていたわけではございませぬ」

秀吉は慎重に言葉を選んだ。


「信長様が京へ上られた際、その身柄を押さえることを考えておりました」

「殺すつもりではなかった?」

「はい」

「なぜだ?」

「信長様を殺せば、織田家との全面戦争になります」

秀吉は続ける。

「信長様を捕らえ、その間に織田家中へ働きかける。各地の家臣を分断し、織田家の力を削ぐつもりでした」

信長は秀吉を見据えた。

「それが、なぜ殺すことに変わった?」

「信長様が本能寺へ入られることが分かったからにございます」

「誰が変更した?」

「……私にございます」

「嘘だな」

即座に信長が言った。


秀吉の顔が僅かに引きつった。

「一万の兵を動かす大戦を、お前一人の思い付きで決めたとは思えぬ」

「……」

「誰と打ち合わせをした?」

秀吉は黙っていた。

「言え」

「……黒田官兵衛にございます」

「官兵衛は知っていたか」

「はい」

「何を?」

「兵の動かし方、毛利との関係、戦後の処理などを話し合っておりました」

「他には?」


「……」

「まだいるな?」

秀吉は目を伏せた。

「毛利方に通じる者がおります」

信長の目が細くなる。

「毛利そのものが加担したのか?」

「毛利家全体ではございませぬ」

「では?」

「一部の者と話がついておりました」

「何の話だ?」

「信長様が討たれた場合、毛利は戦を止める。そして織田家との新たな関係を築く」

「つまり、儂の死を前提にしていた者が毛利にもいた」

「……はい」


信長はさらに問う。

「朝廷は?」

秀吉の顔が強張った。

「……一部に話がございました」

「何を話した?」

「信長様亡き後の新たな秩序を、朝廷が認めることにございます」

「寺社は?」

「信長様に反感を持つ寺社の一部が、騒ぎに乗じて動く予定でした」

「公家は?」

「一部の公家にも話が通っておりました」

「織田家中の不満分子は?」

「……おりました」

「利用したか?」

「はい」

信長は静かに頷いた。

「朝廷、公家、寺社、毛利、織田家中……」

そして秀吉を見据える。

「これだけの者が絡んでいる。お前一人が考えた策ではないな?」

「……」

「答えよ」

「私一人ではございませぬ」

「やはりな」

信長は腕を組んだ。


「では、動機は?」

秀吉はしばらく黙っていた。

「……天下にございます」

「それだけか?」

「……」

「儂が生きている限り、お前が天下を取ることはできぬ」

秀吉は俯いた。

「だから儂を殺す」

「……はい」

「儂が死ねばどうする?」

「織田家を分裂させます」

信忠の表情が険しくなる。

「分裂?」

「はい」

「俺をどうする?」

秀吉は答えなかった。

信忠が一歩前へ出る。

「俺をどうするつもりだった?」

「……」

「答えろ!」

秀吉は震える声で答えた。

「信忠様にも……お命を頂くつもりでございました」

信忠の顔が険しくなる。

「やはりな」

秀吉は目を伏せた。

信忠は信長を見た。

「父上、やはり玉の考えた通りです」

光秀も頷いた。

「玉様は、本能寺へ向かう前に既にそこを危惧しておられました」

「征夷大将軍の話で信忠様と同行すること自体織田家にとっては理はない。当主と嫡男が同じ所に居ること自体が危険であること、そして文にて信長様に伝えたこと。さらに信長様の命令を阻止すべく皆で協議していたこと。」


秀吉が顔を上げる。

「玉様が……?」

「ああ」

信忠が秀吉を見る。

「玉と俺と光秀殿は、出発前に話し合っていた」

光秀が続ける。

「信長様だけではなく、信忠様も同時に京へ誘い出されるのであれば、二人まとめて討つことを狙っている可能性がある、と」

秀吉の顔色が変わった。

信忠はさらに詰め寄る。

「征夷大将軍の話」

秀吉の肩が僅かに動く。

「それも、お前たちの策だったのか?」

「……」

「征夷大将軍の話を持ち出して、父上を京へ呼ぶ」

「……」

「俺も同行するよう仕向ける」

「……」

「そして途中で本能寺へ泊まるように仕向ける」

秀吉は俯いた。

「そこで父上と俺をまとめて殺す」

沈黙。


信忠が怒鳴った。

「違うなら否定してみろ!」

秀吉は唇を噛んだ。

やがて――

「……その通りにございます」

信忠の拳が震えた。

「貴様……!」

光秀が静かに制した。

信長は冷静だった。

「続けよ」

秀吉は重い口を開いた。

「征夷大将軍の話が出れば、信長様が京へ向かわれる可能性は高い」

「そして俺も?」

「はい」

「本能寺へ?」

「はい」

「そこで二人まとめて討つ」

「……はい」

信忠の顔が怒りで赤くなる。

「その後は?」

「織田家中は混乱します」

秀吉は答えた。

「当主と嫡男が同時に亡くなれば、後継を巡って争いが起こる」

「そして?」

「各地の織田家臣に、それぞれ別の話を持ち掛ける」

「そして?」

「私がその混乱を収める」


信忠が吐き捨てた。

「天下を握るつもりだったのだな」

「……はい」

信忠は秀吉を睨みつけた。

「玉はそこまで危惧していたのか?」

「……はい」

「だから五千を送った」

「……」

「玉の機転がなければ、俺たちはどうなっていた?」

秀吉は答えられない。

信忠が続ける。

「本能寺を包囲したお前の兵は一万」

「……」

「俺が率いていたのは千だ」

「……」

「玉が急遽、五千の後詰めを送った」

秀吉は黙った。

「それがなければ、父上と俺は討ち死にしていた可能性が高い」

信長も低く言った。

「つまり、お前は儂と信忠を同時に殺すつもりだった」

「……」

「織田家の当主と嫡男を一度に消す」

信長の目が鋭くなる。

「それが今回の本当の目的だったのだな」


秀吉は答えなかった。

だが、沈黙が何よりの答えだった。

信長は次の質問へ移った。

「毛利との話もついているなら聞こう」

秀吉が顔を上げる。

「今、毛利は何処にいる?」

「……備中にございます」

「備中か」

「はい」

「儂が死んだという報せが届けば、毛利も動く」

「……その予定でございました」

「つまり、本能寺で儂と信忠を討ち、毛利が西から圧力を掛ける」

「はい」

「朝廷や公家はその後の新しい秩序を認める」

「……」

「寺社も各地で動く」

「……」

「織田家中も割れる」

「……」

信長は冷たく笑った。

「そして、その混乱の中でお前が天下を握る」

「……はい」

信長はさらに問い詰める。

「だが一つおかしい」

秀吉が顔を上げる。

「征夷大将軍の話で儂と信忠を京へ呼び出すことができる者は限られている」

「……」

「一介の公家では無理だ」

「……」

「朝廷内部の者か、朝廷に極めて近い一握りの公家しかおらぬ」


秀吉の顔色が悪くなっていく。

「誰だ?」

「……」

「誰が、その話を動かした?」

「……」

「言え!」

秀吉は震えた。

「……直接の指示を受けたわけでは……」

「また嘘か!」

信長の怒声が本能寺に響く。


「儂を京へ呼び出すための征夷大将軍の話を、誰が持ち込んだ!」

秀吉は答えない。

信長の表情が変わった。

「答えぬなら、朝廷も疑わねばならぬ」

秀吉が顔を上げる。

「お待ちください!」

「ならば話せ!」

「……」

信長は冷たく言い放った。

「朝廷が織田家を潰す策に加担しているなら――」

「……」

「朝廷もろとも全て滅ぼしても構わんぞ」

秀吉の顔から血の気が引いた。

「そ、それだけは……!」

「ならば話せ!」

秀吉は震えながら口を開いた。

「……近衛様の名が……」

「近衛前久か」

「……はい」

光秀と信忠の顔が険しくなる。

「直接か?」

「直接ではございませぬ」

「誰を通した?」

「それは……」

「言え!」

「……公家の中に、取り次ぐ者が……」

「誰だ!」

秀吉は答えられなかった。

信長は秀吉を睨みつける。


「まだ何か隠しているな」

「……」

「では、別の話をしよう」

秀吉が顔を上げる。

「儂と信忠が死ぬ」

「……」

「織田家が混乱する」

「……」

「お前が天下を狙う」

「……」

「ならば、玉はどうする?」

秀吉の顔が強張った。

「……」

「安寧丸は?」

「……」

「織田家を潰し、自ら天下を望むなら、玉と安寧丸も邪魔になるであろう」

「……」

信長が一歩近づく。

「岐阜にも刺客を送ってあるのか?」

秀吉は黙った。

信忠が秀吉を睨む。

「答えろ!」

「……」

「玉と安寧丸を狙ったのか!」

秀吉は俯いたままだ。


その時だった。

「申し上げます!」

本能寺の外から兵士の声が響いた。

信長が振り向く。

「入れ!」

兵士が駆け込んでくる。

「岐阜より急報にございます!」

「何があった!」

「お方様――玉様が、城内に入り込んでいた刺客に襲われました!」

信忠が立ち上がった。

「何だと!」

「お方様は安寧丸様を庇われ、短刀を手で受けられました!」

「玉は!」

「深い傷を負われましたが、命に別状はないとのことでございます!」

「安寧丸は!」

「ご無事にございます!」

信忠は大きく息を吐いた。

信長も目を閉じた。


だが、次の瞬間。

信長の目が秀吉へ向いた。

秀吉は――

真っ青になっていた。

明らかに動揺している。

信長はそれを見逃さなかった。

「……猿」

「……はい」

「今の報せを聞いて、なぜそのような顔をする?」

秀吉は答えない。

「やはり知っていたな」

「……」

「岐阜へ刺客を送ったことも」

「……」

「玉が狙われることも」

「……」

「安寧丸が狙われることも」

「……」

信長の声が冷たくなる。

「そして、信秀まで狙っていた」

秀吉は完全に俯いた。

信忠が秀吉を睨む。

「父上」

「何だ」

「もう、こいつの話は信用できません」

信忠は怒りを抑えながら言った。

「一つ嘘を暴けば、その裏にまた別の話が出てくる」

光秀も頷いた。

「しかし、逆に言えば、これまでの証言から一つの構図が見えてまいりました」

「言ってみよ」

「信長様と信忠様を征夷大将軍の話で京へ誘い出す」

光秀は指を折る。

「本能寺へ泊まらせ、二人を同時に討つ」

二つ目。

「その報せを利用して織田家中を混乱させる」

三つ目。

「毛利を動かす」

四つ目。

「朝廷、公家、寺社に新たな秩序を認めさせる」

そして最後に――

「岐阜の玉様と安寧丸様を狙い、織田家の血筋そのものを断つ」

秀吉の顔色は、もう死人のようだった。


信長は秀吉を見下ろす。

「これほどの策を、本当にお前一人で考えたと思っているのか?」

「……」

「違うな」

秀吉は震えていた。

「お前は自分の欲望ゆえに、その策に乗った」

「……」

「だが、その策を作った者が別にいる」

秀吉は答えない。

信長が最後に問う。

「猿」

「……はい」

「この策の大元にいるのは、誰だ?」

長い沈黙。

秀吉は顔を上げることができなかった。


本能寺の中に、重い沈黙が落ちる。

そして信長は確信した。

秀吉は、まだ何かを隠している。

本能寺の変は、羽柴秀吉一人の謀反ではない。

信長と信忠を同時に消し、織田家を混乱させ、玉と安寧丸まで消す。

その先に天下を狙う者たち。

だが――

その全てを繋いだ「大元」が、まだ姿を現していなかった。

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