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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第二百三十四話 「玉、動く」

岐阜城。

安寧丸が生まれてから十日。


城内には、以前とは違う穏やかな空気が流れていた。

信長は相変わらず岐阜にいる。

安土へ戻る気配は、まるでなかった。

安寧丸を抱き、眠っている姿を眺め、少し泣けばすぐに様子を見に行く。

すっかり孫に夢中になった信長を見て、玉も濃姫も微笑ましく眺めていた。


だが。

そんな穏やかな日々の中で、玉の胸には一つの問題が大きく膨らみ始めていた。

本能寺。

これまで玉は、できるだけ考えないようにしていた。

歴史は変わっている。

父・光秀も信長の家臣として生きている。

信忠も健在。

自分と信忠の間には安寧丸まで生まれた。

関東の情勢も、西国の情勢も、玉が知っている歴史とは大きく違う。

ならば、本能寺の変も起きないのではないか。

そう思っていた。


しかし。

安寧丸を抱く信忠。

孫を抱いて笑う信長。

その二人を見ているうちに、玉は改めて考え始めた。

「……そもそも。」

玉は一人、静かに呟く。

「なぜ、信長様と信忠様は同じ場所にいたの?」

史実では、本能寺の変の際、信長と信忠はともに京都にいた。


しかし。

玉にはそれがどうしても引っ掛かっていた。

当主と、その跡継ぎ。

しかも、天下を目前にした織田家である。

「普通なら……同じ場所に行くなんて、避けるはず。」

戦国の世だ。

当主が討たれる可能性は常にある。

だからこそ、家督を継ぐ者まで同じ場所に置くことは、リスク管理として考えれば極めて危険だ。

信長に何かあれば信忠が継ぐ。

信忠に何かあっても、信長が残っていれば織田家は立て直せる。

しかし。

二人が同時に討たれれば。

織田家そのものが揺らぐ。

「それなのに……。」

玉は考え込む。

なぜ二人は同じ場所にいたのか。

「誰かに誘われた?」

あるいは。

「朝廷絡み?」

天下統一が進み、征夷大将軍の話まで出始めている現在なら、朝廷との関係も以前とは違う。

何か重要な用向きがあれば、信長だけでなく信忠まで呼ばれる可能性もある。


「それとも……。」

玉は考える。

後世に残った記録だけでは分からない理由があったのではないか。

なぜ信長が京都へ向かったのか。

なぜ信忠も同じ場所へ向かったのか。

誰がその動きを決めたのか。

それが分からなければ、本能寺を防ぐことは難しい。

玉は静かに息を吐いた。

「……調べるしかない。」

自分の知っている歴史だけでは足りない。

この世界では、すでに歴史そのものが大きく変わっている。

だからこそ。

「誰が、いつ、どこで、何をしているのか。」

玉は決意した。


その夜。

玉は人目につかない場所で、密かに一人の男と向き合っていた。

織田家の表には出ない情報を扱う者。

玉がこれまで慎重に育ててきた、裏の者たちである。

「調べてほしいことがあります。」

男が頭を下げる。

「何なりと。」

「織田家の家臣たちの動向を、徹底的に調べてください。」

男の表情が僅かに変わる。

「家臣たち……でございますか?」

「はい。」

玉は慎重に言葉を選ぶ。

「ただし、家臣本人だけを見てはいけません。」

「その配下。」

「さらに、その配下。」

「商人や寺社、使者、護衛、出入りする者まで。」

「誰が誰と接触しているのか。」

「どこへ行ったのか。」

「誰から書状を受け取ったのか。」

「不自然な金銭や物資の動きがないか。」

「すべてです。」

男は深く頭を下げた。

「承知いたしました。」

玉はさらに念を押す。

「家臣本人が何かを企んでいるとは限りません。」

「はい。」

「本人が知らなくても、その配下が誰かの命を受けて動くこともあります。」

「……なるほど。」

「だから、上だけを見るのではなく、末端まで調べてください。」

「かしこまりました。」

「そして――。」

玉は男を見る。

「絶対に気づかれないように。」

「承知しております。」

「怪しい者が見つかったとしても、すぐに手を出してはいけません。」

「まずは動きを追う。」

「誰と繋がっているのかを確認する。」

「決して焦らないでください。」

「はっ。」

男は深々と頭を下げた。


そして、その夜。

玉から出された指示は、裏の者たちへ次々と伝えられた。

一人。

また一人。

岐阜から。

安土から。

京から。

さらに各地へ。

それぞれが別々の道を使い、別々の身分を装い、情報を集め始める。

商人として。

旅人として。

職人として。

僧として。

表には決して姿を現さない者たちが、静かに動き始めた。


玉は部屋へ戻る。

そこでは安寧丸が眠っていた。

小さな寝息。

玉はそっと近づき、我が子の顔を見る。

「安寧丸……。」

小さな手を握る。

「あなたの未来を守るためなら、私は何でもする。」


そして、もう一つ。

玉には気になっていることがあった。

信長。

今も岐阜にいる。

安土へ戻ろうとしない。

「……だったら。」

玉は考える。

もし本能寺の変が起きるとしても。

その日時は、もう史実通りとは限らない。

場所も変わるかもしれない。

そもそも起きないかもしれない。

しかし。

「本能寺の日時が過ぎるまで……。」

玉は小さく呟いた。

「信長様が岐阜にいてくだされば。」

少なくとも。

史実の本能寺と同じ形になる可能性は下がる。

「……それとなく、聞いてみようかしら。」

信長に直接、

「安土へ帰らないでください」

などと言うわけにはいかない。

理由を説明できないからだ。

だが。

「岐阜に、もう少し滞在されてはいかがですか」

くらいなら言える。

玉は安寧丸を見つめる。

「お祖父様に、もう少し孫と一緒にいていただきましょうか。」

そう言って、玉は微笑んだ。


一方。

別の部屋では――。

「安寧丸はまだ寝ておるか?」

信長が尋ねていた。

「はい。」

「ならば、もう少しここにいるか。」

家臣が困った顔をする。

「安土の政務が……。」

「書状でよい。」

「……はっ。」

信長は今日も帰らない。

そのことを知った玉は、少しだけ胸を撫で下ろした。

しかし。

本当にこれで本能寺を防げるのか。

まだ分からない。

だからこそ、玉は動き始めた。

歴史を変えるためではない。

家族を守るために。

そして。

まだ誰も知らないところで、織田家を取り巻く人々の動向を探る調査が始まった。

本能寺まであと七十五日。

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