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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第二百二十八話 「北条、安土へ」

北条からの使者が安土を訪れてから、さらに十五日が過ぎていた。

関東の情勢は、少しずつ、しかし確実に変わり始めている。


佐竹。

里見。

宇都宮。

そして、その全てを繋ぐように置かれた織田家の関東支配。

北条だけが、その輪の外にいる。


安土城。

信長は関東から届いた報告を読み終えると、静かに地図へ目を落とした。

「北条が動いたか。」

「はい。」

家臣が答える。

「北条は、織田家が今後関東をどうするつもりなのか、それを聞きたいとのことでございます。」


信長はしばらく黙っていた。

そして、ふっと笑う。

「ならば、こちらからも聞いてやろう。」

「何を望むのか。」

「何を守りたいのか。」

「そして、これから何をしたいのか。」

家臣が尋ねる。

「北条を臣従させるおつもりで?」

信長はすぐには答えなかった。

「臣従させることだけが目的ではない。」

「関東を安定させることが目的じゃ。」


信長は関東の地図を広げる。

佐竹。

里見。

宇都宮。

そして小田原。

「北条までこちらへ加われば、関東で大きな戦をする必要がなくなる。」

「それは民にとっても良い。」

「商人にとっても良い。」

「織田にとっても良い。」

信長は地図を見ながら笑った。

「ならば、戦うより話す方が早い。」

「北条の使者を安土へ呼べ。」


数日後。

安土城。

北条の使者は、緊張した面持ちで城内を進んでいた。

これほど巨大な城を見るのは初めてだった。

城下にも人が溢れている。

商人。

職人。

武士。

遠国から訪れた者たち。

その全てが活気に満ちている。

「これが……織田の本拠地。」

使者は思わず呟いた。


やがて広間へ通される。

上座。

そこには織田信長が座っていた。

使者は深く頭を下げる。

「北条家より参りました。」

「面を上げよ。」

使者が顔を上げる。

信長は、使者をじっと見つめた。

「北条は、何を聞きに来た?」

単刀直入だった。

使者は一瞬、言葉に詰まる。

「……織田様が、関東を如何にされるおつもりなのかを。」

「そして、北条をどうお考えなのかを伺いたく。」

信長は笑った。

「北条をどうするか?」

「簡単な話じゃ。」

信長は立ち上がり、地図の前へ歩いていく。

「北条が関東をどうしたいのか、まず余が聞きたい。」

「我らが……ですか?」

「そうじゃ。」

信長は佐竹を指差す。

「佐竹には関東総奉行を任せた。」

次に里見。

「里見には海を任せた。」

そして宇都宮。

「宇都宮もこちらへ加わった。」

最後に小田原。

「だが、ここだけ空いておる。」

使者は黙って地図を見つめた。

「余は北条の領地を欲しいわけではない。」

その言葉に、使者が顔を上げる。

「では……。」

「民を守り、領地を豊かにし、関東を安定させる。」

「そのために北条が力を貸すというなら、歓迎する。」


信長の声は低く、しかし明確だった。

「ただし。」

空気が変わる。

「北条だけが勝手に戦を始めることは許さん。」

「関東の諸勢力をまとめる。」

「戦う必要のない相手とは戦わぬ。」

「その仕組みに北条も加わるのじゃ。」

使者は深く頭を下げた。

「……承知いたしました。」

「ただ、臣従については……。」

「今すぐ答えを出す必要はない。」

信長は意外なほどあっさりと言った。


「一度、小田原へ戻れ。」

「当主と家臣たちで話し合え。」

「北条が何を望むのか。」

「その答えを持って、もう一度来ればよい。」

使者は驚いた。

織田信長なら、すぐに臣従を迫ると思っていた。

だが違った。

選択する時間を与えている。

それが、かえって恐ろしくもあった。


使者が退室した後。

信長は一人、関東の地図を眺めていた。

「さて……。」

「北条は何を選ぶ。」

側近が尋ねる。

「殿、北条が従えば、関東の大半が織田の秩序に入ることになります。」

信長は笑った。

「だからこそじゃ。」

「戦をする必要がなくなる。」

「それに……。」

信長は小田原を指で叩く。

「北条ほどの力を、ただ潰すのは惜しい。」

「使えるものは使う。」

「それが天下を治めるということじゃ。」


その頃、岐阜。

玉は縁側に座っていた。

妊娠九ヶ月。

お腹は以前よりもはっきりと大きくなり、胎動も日を追うごとに強くなっている。

玉はそのお腹を、優しく撫でていた。

以前は、ただただ不安だった。

母になる。

自分のお腹の中で、新しい命が育っている。

嬉しい。

それ以上に怖かった。

自分に母親が務まるのだろうか。

この子を守れるのだろうか。

けれど。

日々を過ごすうちに、その気持ちは少しずつ変わっていった。


「この子を守らなければ。」

それは、母親としての覚悟へと変わり始めていた。

信忠が戻ってくる。

「玉。」

「お帰りなさいませ。」

「今日はどうだった?」

玉は微笑んだ。

「元気に動いております。」

信忠が玉の隣に座る。

「そうか。」

そして、お腹へ手を添える。

しばらくすると、小さく胎動が伝わった。

「……今のは?」

「この子です。」

玉が笑う。

「元気でしょう?」

「ああ。」

信忠の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「生まれてくるのが楽しみだ。」

玉は信忠の横顔を見つめた。

そして、胸の奥で静かに誓う。

この人を守る。

この子を守る。

そして、家族を守る。

何としても。

そのためなら、自分にできることは何でもする。

だが、その決意の奥には、玉だけが知る恐怖があった。

本能寺。

前世で知っていた歴史。

父・光秀。

信長。

信忠。

そして、自分自身。

あの悲劇を、何としても防がなければならない。

玉はそう思っていた。

しかし。

最近になって、別の疑問も生まれていた。

「本当に……本能寺なの?」

玉は一人になった時、そう考えることが増えていた。


自分が知っている歴史から、あまりにも多くのことが変わっている。

信長は関東へ進出した。

佐竹は織田と結びついた。

里見は織田の船を受け入れた。

宇都宮も従った。

北条までも織田との対話を始めている。

父・光秀も、史実とは違う道を歩んでいる。

信忠も生きている。

自分自身も、まだここにいる。

そして何より。

自分のお腹の中には、生まれてくる我が子がいる。

玉はお腹を撫でた。

「……歴史が、ここまで変わってしまったのなら。」

「果たして、本当に本能寺で何かが起こるの?」


本能寺という場所なのか。

それとも別の場所なのか。

そもそも、同じ日に起きるのか。

それすら、もう分からない。

玉が知っているのは、遠い過去の歴史だけ。

今ここで起きている出来事は、玉が知る歴史から完全に外れ始めている。

だからこそ怖い。

何が起こるのか分からない。

いつ起こるのかも分からない。

どこで起こるのかさえ分からない。


それでも。

玉の決意だけは変わらなかった。

「何が起こっても……。」

「信忠様と、この子を守る。」

「絶対に。」

玉は、お腹を優しく撫でる。

そこから返ってきた小さな胎動に、玉は微笑んだ。

「あなたも、一緒に頑張ろうね。」

その姿を、遠くから信忠が見つめていた。

何を考えているのかまでは分からない。


だが。

玉が以前とは違う表情をしていることだけは分かった。

母親になる覚悟。

家族を守る覚悟。

その二つが、玉の中で少しずつ強くなっていた。


一方、小田原。

安土から戻った使者は、評定の間で信長の言葉を伝えていた。

「織田は、北条の領地を奪うことを目的としているわけではない。」

「関東を安定させるために、北条にも加わってほしいとのこと。」

「ただし、勝手な戦を起こすことは許さない、と。」

北条家の重臣たちは、皆一様に黙り込んだ。

当主は腕を組み、長く考えていた。

「……北条は、選ばされているのだな。」


誰も答えなかった。

戦うのか。

従うのか。

あるいは、その中間を探すのか。

北条家の未来が、この選択にかかっている。

そしてその選択は、関東だけではなく、天下全体を動かすことになる。

誰もまだ、その先に何が待っているのかを知らない。


玉を除いて。

ただし、その玉でさえ――。

これから何が起きるのかについては、もう確信を持てなくなっていた。

それでも、母としての覚悟だけは揺らがない。

守る。

何としても。

それだけは、決して変えない。

本能寺まであと百二十五日。

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