第二十話「才能は刃になる」
玉は思う。
――帰蝶様に、認められることはあるのだろうか。
認められる、とは何だ。
可愛がられることか。
信頼されることか。
それとも、使われることか。
この城で「認められる」とは、つまり
生き残る価値があると判断されることだ。
私は布団の中で指を握りしめた。
前世の記憶がある。
計算もできる。
帳簿も付けられる。
商いの仕組みも、金の流れも知っている。
さらに言えば――料理。
戦国の台所では、塩と味噌と酢と、干し魚と野菜。
工夫はあるが、限界もある。
私は知っている。
砂糖の使い方。
出汁の取り方。
火の扱い方。
保存食の工夫。
香辛料の合わせ方。
現代の料理を、完全には再現できない。
だが「この時代にない味」を作ることはできる。
それを出せば、帰蝶は驚くだろう。
だが
驚かせた瞬間に、疑われる。
「なぜ知っている」
「誰に教わった」
「明智の娘は、何を企んでいる」
この城で疑いは、死に直結する。
私は息を吐いた。
(能力を見せれば、道は開ける)
(だが、見せれば刃も向く)
帰蝶様は賢い。
賢すぎるほど賢い。
だからこそ、少しでも異物が混じれば、必ず見抜く。
見抜いた上で、利用するか、捨てるか。
帰蝶の中には、その二択しかない。
私は思った。
(私は、利用される側に回ってはいけない)
利用されれば、明智は織田の道具になる。
道具になれば、いずれ折られる。
私は折られたくない。
燃えたくない。
未来の炎が、いつも背中にある。
そして何より――細川。
細川忠興に嫁ぐ未来。
あれだけは避けねばならない。
避けられなければ、私はいずれ幽閉される。
いずれ閉じ込められる。
いずれ燃える。
私はそれを知っている。
だから、ここで失敗はできない。
私は考えた。
今の私が得られる情報は、下働きの噂だ。
侍女たちの口。
台所の声。
廊下の足音。
その程度の情報で、父上への風当たりが弱まるのか。
……弱まらない。
噂は波だ。
波は、潮目を変えられない。
父上への風当たりを弱めるには、もっと大きなものが必要だ。
織田の中枢に近い情報。
帰蝶の意向。
信長の機嫌。
家臣たちの動き。
私はその中心へ入らねばならない。
だが中心へ入るには、価値が必要だ。
帰蝶が私を「そばに置く理由」。
今の私はただの娘。
明智の娘というだけでは、危険でしかない。
ならば
私は、役に立たねばならない。
ただし、役に立ちすぎてはいけない。
目立ちすぎれば疑われる。
私は布団の中で目を閉じ、結論を出した。
(見せるなら、少しずつ)
(驚かせず、当たり前のように)
(才能ではなく、努力に見せる)
帳簿なら、「読み書きが得意な姫」で済む。
料理なら、「工夫が好きな娘」で済む。
だが「未来が見えている」と思われた瞬間、終わる。
私は息を吐いた。
帰蝶に認められることは、きっとできる。
ただしそれは、信頼ではない。
帰蝶にとって私は、道具になる。
ならば、道具として磨かれるふりをして、
その刃先を少しだけ、明智のために逸らす。
私は心の中で呟いた。
(慎重に)
(焦らない)
(帰蝶の懐で生き延びながら、父上を守る)
(そして、細川を避ける道を作る)
それが私の生きる道。
玉としての最善であり、
私が燃えないための唯一の道だった。




