第百七十九話 「四国の覇者」
四国。
長宗我部元親 は海を眺めていた。
沖には船。
織田の荷を運ぶ商船が行き交っている。
以前の四国では考えられぬ光景だった。
元親は静かに目を細める。
「……変わったな」
かつて四国統一は、 血で押し切るしかないと思っていた。
戦。
消耗。
裏切り。
戦国とはそういうものだと。
だが今は違う。
織田と繋がったことで、 四国の流れそのものが変わり始めていた。
兵糧は入る。
鉄も入る。
塩も不足しない。
海路は安定し。
商人も集まり始めている。
何より大きいのは、 兵の疲弊が少ないことだった。
以前なら。
一つ城を攻めれば、 次の戦まで立て直しに時間がかかる。
だが今は補給が違う。
織田の支援によって、 長宗我部は継続して動ける。
それは四国の諸勢力にとって、 あまりにも重かった。
家臣の一人が口を開く。
「殿」
「西の国衆も動揺しております」
「我らがこれほど早く動くとは思っておらなんだのでしょう」
元親は静かに笑った。
当然だ。
誰も予想していない。
四国の一大名が、 天下へ最も近い織田と結びつくなど。
しかも。
敵ではなく、 協力という形で。
別の家臣が言う。
「織田との交易で城下も活気づいております」
「兵たちの士気も高い」
それは事実だった。
兵たちにも余裕がある。
食える。
補給が届く。
勝っている。
それは兵の心を強くする。
更に。
「織田が後ろにいる」
その安心感は大きかった。
元親は静かに空を見上げる。
あの時。
明智光秀 と話した夜を思い出す。
織田と戦えば、 四国は疲弊する。
その隙を突かれる。
得をするのは別の者だ。
玉の考えでもあったその言葉は、 今ならよく分かった。
もし織田と争っていたなら。
今頃、 四国は消耗しきっていただろう。
だが今は違う。
長宗我部は勢いを保ったまま統一へ進めている。
それもこれも。
あの時、 織田との道を選んだからだ。
元親は低く呟く。
「……間違いではなかった」
家臣たちも強く頷く。
既に四国の空気は変わり始めている。
「長宗我部に逆らえば、 その後ろに織田がいる」
その認識が、 周囲を大きく揺さぶっていた。
武だけではない。
経済。
海。
流通。
その全てが長宗我部を押し上げている。
もはや以前の土佐の一勢力ではない。
四国そのものを呑み込もうとする勢いだった。
元親は再び海を見る。
織田の船が進む。
その向こうには本州。
天下。
巨大な流れ。
その流れの中に、 長宗我部も組み込まれ始めていた。
そして元親は理解していた。
今の織田は、 ただの戦好きの大名ではない。
国そのものを変えようとしている。
だからこそ。
敵に回さず、 手を結んだ。
その判断は正しかったと、 元親は確信していたのである。
本能寺まであと三百四十一日




