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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第四十八話話 夫婦の灯

岐阜城の夜は、静かだった。

戦の報せが絶えぬ世であるのに、城の奥だけは別の時が流れているように思える。


灯明の火が、揺れていた。

玉は、部屋の中で一人、静かに座していた。

祝言を終え、正室となった。

それだけで世界が変わったわけではない。

だが、己の立つ場所は確かに変わった。

畳の匂い。

衣の擦れる音。

外から微かに聞こえる虫の声。

そのすべてが、玉の胸を落ち着かせると同時に、どこか不思議な緊張を呼んだ。


襖が静かに開く。

信忠が入ってきた。

戦場で見る若様とは違う。

甲冑もなく、刀もなく、ただひとりの男として玉の前に立つ。

玉は小さく息を吸い、頭を下げた。

「信忠様」

信忠はその呼び方を聞くたび、どこか照れたように目を逸らす。

「……もう、いい」 「ここでは、そんなに固くならなくてよい」

玉は微笑んだ。

「ですが……」

信忠は玉の前に座し、静かに言った。

「玉」 「俺は、お前がここにいるだけで落ち着く」

玉は驚いたように目を見開く。


信忠は続けた。

「皆が俺を若様と呼ぶ」 「家臣は俺を見上げる」 「父上は俺に背を求める」

「だが、お前だけは違う」

玉は胸の奥が温かくなるのを感じた。

信忠は玉の手を取り、そっと包む。

その手は戦を知る手だった。


強く、硬く、しかし今は恐ろしいほど優しい。

「俺は……」 「お前を手に入れたことで、やっと息ができる」

玉は頬が熱くなり、視線を落とした。

「私は……」 「信忠様の力になりたいだけです」

信忠は笑った。

「それが、もう力になっている」

そして、信忠は玉の額に、そっと唇を落とした。

灯明が揺れる。

玉は、胸の奥が満ちていくのを感じた。

戦の世であることを忘れたくはない。

だが、この一夜だけは、戦のことを忘れてもよいのだと思えた。

信忠の腕の中は、驚くほど静かだった。


玉は思った。

この人のために、奥を守る。

この人のために、織田を守る。

それが正室の覚悟であり、妻の願いなのだと。

夜は深く、穏やかに更けていった。

岐阜城の外では、天下の火がまだ燃えている。

それでも奥には、確かな灯があった。

夫婦の灯。

その灯は、小さくとも強かった。


そして翌朝。

玉は目を覚ますと、信忠がすでに身支度を整えているのを見た。

信忠は玉に気づくと、微笑んだ。

「起きたか」

玉は少しだけ頬を染め、頷いた。

「はい……」

信忠は玉の髪を一度撫でるように触れ、低い声で言った。

「……今日も忙しくなるぞ」 「だが、夜はまた戻る」

玉は小さく笑って頷いた。

「はい」


その後、二人は信長と帰蝶のもとへ挨拶に向かった。

大広間に入ると、信長が腕を組んで座していた。

帰蝶は隣で茶を飲んでいる。

信忠が一礼する。

「父上」

信長は信忠を見た瞬間、口元を歪めた。

「……顔が違うな」

信忠は眉を寄せた。

「何がですか」

信長は鼻で笑う。

「昨日までの顔と違う」 「まるで天下を取ったような面をしておる」

信忠は思わず咳払いをした。

「父上、からかいが過ぎます」

信長は声を立てて笑った。

「ははは!」 「嫡男が女を得て浮かれるのは良いことだ」 「それでこそ織田の血だ」


玉は顔が熱くなり、思わず視線を落とした。

帰蝶は扇を軽く振り、淡々と言う。

「殿、あまり弄りすぎると若様が固くなる」

信長は笑ったまま言った。

「固くなるのは夜だけでよい」

信忠は顔を赤くし、耳まで染めた。

「父上!」

帰蝶は小さく笑った。

「良いではないか」 「仲が良い証だ」

そして帰蝶は、玉を見て言った。

「玉」

「はい」

「遠慮するな」 「正室の務めを果たせ」 「織田の奥は、お前の腹にかかっている」

玉は息を呑んだ。


信忠は慌てて言った。

「母上、それは言い方が……」

帰蝶は淡々と返す。

「言い方などどうでもよい」 「天下を継ぐ者が必要だ」 「それは織田のためであり、信忠のためでもある」

信長は満足げに頷いた。

「そうだ」 「励め、信忠」

信忠は完全に言葉を失っていた。

玉は頬を赤らめながらも、静かに頭を下げた。

「……心得ております」

信長は笑い、帰蝶は茶を口に含み、涼しい顔で頷いた。


この夫婦は恐ろしい。

玉は心の中でそう思った。

だが、その恐ろしさの裏には確かな温かさがある。

信忠を支えるために、玉を鍛えているのだ。

玉はそう理解した。

信忠は恥ずかしそうにしながらも、玉の隣に立った。

その姿は、すでに夫婦だった。

岐阜城の外では戦が続いている。

だが岐阜城の奥では、ゆっくりとした時間が流れていく。

穏やかで、静かで、しかし確かな覚悟を育てる時間。

その積み重ねが、織田の未来を形作る。


玉は胸の奥で誓った。

この穏やかな日々を守るために。

何が起きようとも、私は学び続ける。

そして備える。

その覚悟だけは、決して揺らがない。


本能寺まであと四百三十二日

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