表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/134

第百十五話「京の座敷(信忠、恐れをほどく)」

京。

冬の空は低く、都を覆っていた。

その日。

織田信忠は、五摂家との会談へ向かっていた。

供回りは最小限。

武威を誇示するためではない。

“話をしに来た”

それを京へ示すためだった。


道中。

信忠は静かに歩く。

その後ろを光秀が付き従う。

だが今日、前に立つのは信忠だった。

光秀はそれを理解している。

今、京が見たいのは。

“信長ではない織田”

だからだ。

五摂家の屋敷。

通された座敷には、静かな緊張が漂っていた。

香の匂い。

整えられた庭。

柔らかな笑みを浮かべる公家たち。

だがその奥には、確かな警戒がある。

(織田はどこまで来る)

(朝廷を呑み込む気ではないのか)

それが、今の京だった。


信忠は深く一礼した。

「本日はお時間を賜り、恐れ入ります」

礼は完璧だった。

姿勢も、言葉も。

その様子に、公家たちはまず一つ驚く。

粗暴さがない。

武だけの男ではない。

一人が静かに口を開く。

「信忠様ご自身が京へ来られるとは」

「織田殿も、都を重く見られておりますな」

言葉は柔らかい。

だが探っている。

信忠は落ち着いて答えた。

「朝廷と京なくして、天下は成り立ちませぬ」


その返答に、何人かの視線が動いた。

“天下”

その言葉を、信忠は自然に使った。

だがそこに驕りはない。

別の公家が言う。

「近頃の織田家の勢い、まこと凄まじゅうございます」

「丹波。北陸。中国……」

「皆、恐れております」

空気がわずかに冷える。

それは探りだった。

“織田はどこまで行くつもりか”

信忠は静かに答えた。

「恐れさせるために動いているわけではございませぬ」

「乱を収めるためにございます」


そして、少し間を置く。

ここが重要だった。

信忠は玉の文を思い出していた。

“まず恐れを消してください”

信忠はゆっくりと言った。

「織田は、朝廷の権威を損なう意思はございませぬ」

座敷が静まる。

公家たちの目が変わる。

信忠は続けた。

「官位、叙任、人事――」

「それは朝廷の権威にございます」

「我らが侵すものではありませぬ」

その瞬間。

公家たちの空気が、ほんの僅かに変わった。


そこ。

そこが最も恐れられていた。

だが信忠は、そこで終わらせなかった。

「ですが」

静かな声。

「乱れた荘園管理、街道、年貢、治安」

「それらは正さねばなりませぬ」

「民が疲弊し、国が乱れれば、朝廷の威もまた損なわれます」

公家たちは黙って聞いている。

信忠は真正面から言った。

「ですので実務は、織田が担います」

「ですがそれは、朝廷から権威を奪うためではございませぬ」

「主上をお支えするためにございます」


静寂。

心理戦だった。

信忠は“奪わない”と言いながら、

実務の主導権は握ると明言した。

だが言い方を間違えれば反発される。

だからこそ。

“朝廷を支えるため”

という形にした。

座敷の空気が少し変わる。

敵意が薄れ始める。


そこで一人が口を開いた。

「……信長殿のお考えも、同じと?」

試すような視線。

信忠は迷わなかった。

「父上は、主上への忠誠を疑うべきお方ではありませぬ」

「織田は朝敵ではない」

「そのことは、私がここで明言いたします」

その言葉は重かった。

嫡男が、自ら口にした。

それはつまり――

“織田家の総意”

そう受け取られる。

その間。

光秀はほとんど口を挟まなかった。

ただ静かに座し、必要な時のみ補足する。


公家たちはそれにも気づいていた。

(明智が前に出ぬ)

(今日は、信忠を立てている)

つまりこれは。

明智個人の調整ではない。

織田家全体としての意思表示。

そこに、公家たちは大きな意味を見出していた。

会談が終わる頃には。

座敷の空気は、最初とは明らかに違っていた。

まだ完全な信用ではない。

だが。

“織田は朝廷を潰すつもりではない”

その認識が、少しずつ広がり始めていた。


信忠が席を立つ。

深く一礼。

「本日は、誠にありがとうございました」

公家たちも応じる。

その目には、先ほどまでの露骨な警戒は薄れていた。

帰り道。

信忠は静かに息を吐いた。

光秀が横を歩く。

しばらく沈黙。

やがて光秀が言った。

「見事にございました」

信忠は首を振る。

「……玉の考えです」

光秀は小さく笑った。

「ええ」

「よく分かりました」


そして空を見上げる。

雪が降り始めていた。

光秀は静かに呟く。

「恐れを消す」

「言うは易しですが……実に難しい」

信忠は頷く。

今日の会談は勝利ではない。

だが。

京の空気は、確かに少し変わった。

織田はただの武ではない。

そう思わせ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ