第百三話「冬の火」
京の明智屋敷。
光秀は机に向かい、玉から届いた文をもう一度読み返していた。
焙烙玉に陶器の破片を詰め、投擲機で城内へ――。
丹波での戦を思い出す。
火と破片が生む混乱。
兵の叫び。
効果は確かにある。
だが冬となれば話は別だ。
光秀は筆を取った。
慎重に、だが急を要する文として。
玉へ。
文、確かに受け取った。
焙烙玉に陶器の破片を詰める策は、実戦にて効果がある。
破裂と同時に破片が飛び、人馬に傷を負わせ、敵の心を折る。
ただし冬場の運用は不確定要素が多い。
まず湿気。
火薬は湿れば死ぬ。
導火も同じ。
油紙に包み、木箱に収め、灰や藁で包むがよい。
また火薬と導火は別にしておき、使用直前に組むのが安全である。
投擲機については、大型では運べぬ。
冬の道では車輪が止まり、兵が疲弊する。
ゆえに小型の投石機。
持ち運び可能な形でなければならぬ。
縄も濡れる。
替えを多く用意し、火で乾かしながら使うこと。
寒さもまた厄介だ。
火の回りが鈍ることもあり得る。
正直に申せば、冬に焙烙玉を用いたことはない。
ゆえに確実とは言えぬ。
だが備えることは無駄ではない。
敵が籠る城に対して、火と破片は常に脅威となる。
そなたの案、試す価値あり。
父 光秀
光秀は筆を置き、封をした。
「……冬の戦など、誰も望まぬ」
だが望まぬからこそ、備えねばならない。
包囲網の輪は、冬すら待ってはくれないのだから。
岐阜。
玉は返書を受け取ると、胸の奥が少し熱くなった。
父は否定しなかった。
ただ、慎重に現実を示した。
「冬に使用したことはない」
その一文が重い。
だが同時に――
「備えることは無駄ではない」
玉はそれを希望として受け取った。
玉は文を手に、信忠のもとへ向かった。
信忠の部屋。
信忠は玉を見ると、すぐに察した。
「……光秀殿からか」
玉は頷き、文を差し出した。
「はい。父からです」
信忠は文を受け取り、目を走らせる。
読み進めるほど、顔が引き締まっていった。
読み終えた信忠は、低く息を吐く。
「……実戦で効果がある、か」
玉は一歩前に出た。
「信忠様、どう思われますか」
信忠は答えた。
「光秀殿が実際に使ったなら、重い」
「そして湿気と運搬が課題だというのも現実的だ」
玉は頷いた。
「私もそう思いました」
信忠は文を机に置き、玉を見た。
「殿に伝えるべきだな」
玉は即座に頷いた。
「はい。進言したいです」
信忠は短く言った。
「ならば私が殿に話す。
お前の文は、今は武器になる」
玉は少し俯いた。
武器になる。
その言葉が怖い。
だが必要だ。
父を守るため。
織田を守るため。
信忠は文を手に取り、立ち上がった。
「殿に見せよう。
光秀殿の言葉なら、殿も動く」
玉は深く礼をした。
「……ありがとうございます」
信忠は扉へ向かいながら、ぽつりと言った。
「お前は……よく戦を見ている」
玉は小さく答えた。
「父を失いたくないだけです」
信忠は振り返らずに言った。
「それで十分だ」
そして信忠は歩き出した。
信長のもとへ。
冬の火の話は、
次の戦を決める火種になる。
岐阜の空気が、また一段冷たくなった気がした。




