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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第百二話「冬の策」

岐阜の冬は、京ほど雅ではない。


冷えは骨に刺さり、城の石は冷たさを吐き続ける。

だが玉は、その冷たさに慣れ始めていた。


帰蝶のもとで学ぶ日々。

礼法、作法、朝廷の仕組み、公家の腹の探り方。

そして――戦の匂い。

玉の筆は、最近は政だけではなく、戦にも向かっていた。


ふと玉の脳裏に浮かぶ。

丹波での戦。

闇夜の奇襲。

焙烙玉に陶器の破片を詰めた、あの恐ろしい火。

(冬場の籠城戦でも……使えるのでは)

玉は思った。

雪で動けぬ季節。

敵は城に籠もり、こちらは攻めあぐねる。


その時、遠くから

火を投げ込めるなら。

玉は机に向かい、筆を取った。


宛先は、京の光秀。

今や隠す必要はない。

玉は堂々と父へ文を書くようになっていた。

玉は丁寧に文を綴った。

焙烙玉の改良案。

陶器を詰めた特別製。

それを投擲機で飛ばし、城内へ落とす。

そして問いを添える。

冬の寒さでも火は回るのか。

湿気を吸えば火薬は死ぬのか。

保管はどうする。

運用の手順は。

投擲機はどの程度の距離を出せるのか。

玉は一つ一つ、逃げ道を塞ぐように問いを書いた。


最後に、こう締めた。

「父上のご判断の一助となれば幸いにございます」

「ご無事を祈っておりまする」

玉は文を折り、封をした。

(父上の役に立ちたい)

(そして、父上を追い詰める道を消したい)

玉の胸に、静かな炎が灯る。


同じ頃。

岐阜の城下では、異様な光景が生まれていた。

大八車の車輪の下に、板が取り付けられている。

取り外しができるよう工夫されたそれは、試作とは思えぬほど整っていた。

工兵が叫ぶ。

「よし!引け!」

馬が進む。

雪はまだ深くないが、ぬかるんだ道でも沈みが少ない。

大八車はゆっくりと、しかし確実に進んだ。


見守る者たちがざわつく。

「……進むぞ」

「これなら北陸でも……」

信忠はその様子を遠くから見つめていた。

玉の図案が形になり、現実になっていく。

信忠は小さく呟いた。

「……あの娘は、本当に恐ろしい」

恐ろしいのは知恵ではない。

それを“実現させる”力だ。


そして命が下る。

岐阜から北ノ庄まで。

実際に荷を積み、道を走らせる。

ただ作るだけではない。

運用できるかを試す。

兵站の訓練が始まった。

戦は刃ではなく、道から始まる。

信長はそう理解している。


北ノ庄。

柴田勝家のもとへも報せが届き、訓練に合わせて兵糧の受け入れ準備が進められた。

雪の季節に荷が届くなら、北は守りやすくなる。

守りやすくなるなら、攻める余地が生まれる。

勝家は城壁の上で笑った。

「殿は、北を殺しに来たな」

それは敵に向けた言葉ではない。

上杉の“冬の強み”を、潰しに来た。

信長の策はそこにある。

勝家は高揚を隠さず、槍を握った。

「越後の龍が来るなら、来い」


その頃、越後。

春日山城の空気は重かった。

謙信は苛立っていた。

いや、苛立ちというより、焦りに近い。

上杉は荷駄を整えるのに時間がかかっていた。

収穫の時期は過ぎている。

兵糧を集めるには、領内の米を吐き出させねばならない。

だが謙信は、領民を飢えさせることを嫌った。


兼続が言う。

「殿。兵糧を集めるには、さらに厳しく取り立てねば」

謙信は即座に首を振った。

「ならぬ」

「兵の腹を満たすために、民の腹を空にするなら、

それは義ではない」

兼続は黙った。


謙信は正しい。

だが正しさは、戦では重荷になる。

謙信は地図を見つめ、拳を握った。

(信長は速い)

(京は急く)

(だが越後は雪が落ちる)

焦って出れば、補給が死ぬ。

補給が死ねば、軍は死ぬ。

謙信は分かっている。

だからこそ、歯がゆい。


謙信は静かに言った。

「急ぐな」

「急げば負ける」

兼続が頭を下げる。

「……御意」

謙信は窓の外を見た。

越後の空は暗い。

雪はもう、いつ降ってもおかしくない。

越後の龍は動く。

だが龍は、冬を甘く見ない。

それが上杉の強さであり、

同時に弱点でもあった。


岐阜では、車輪が回っていた。

北ノ庄へ向け、荷が運ばれ始めていた。

京では、光秀が玉の文を読む日が近づいていた。

冬の戦を変える問いが、文に詰められている。


越後では、謙信が兵糧の算段に時間を取られていた。

包囲網は閉じていく。

だが包囲網は、同時に歪んでもいた。

その歪みを――

信長は狙っている。

そして玉は、さらに次の刃を研いでいた。

冬の戦に勝つ刃を。

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