夜の学校 遅れてきた依頼人
「それでは、詳しい話を伺おうかしら」
百合のバイト初日。突如現れた男性依頼人を事務所のソファに通し、長テーブルを挟むように配置された対面のソファに腰を下ろした雪は、早速そう切り出した。
すると、まだ二十代前半に見えるその依頼人は、対面に座る雪と百合を交互に見やり。
「えっと、本当に君たちがここの責任者?」
訝しむようなその視線を前に、雪はニコリとどこか背筋に寒さを覚える笑みを浮かべ。
「この小娘たち、信用できるのか? って顔ね」
「あ、いや。そんなことは」
雪の指摘に、どこかバツが悪そうにうつむく依頼者。すると、雪は呆れたように息を吐き。
「じゃあいいわ。もし私たちの仕事に満足しなかったら、お代は結構よ」
予想外な雪の提案に目を丸くする依頼人。そして、それは雪の隣につきノートパソコンを起動させていた百合も同様で。
「ちょ、いいの雪?」
「えぇ、構わないわ。必ず満足することになるもの」
そんな2人の様子を前に、依頼人は頭を掻き。
「そこまで言うなら……」
「そう。なら、改めて話を聞こうかしら。私は当相談所の責任者氷川雪。そしてこっちが」
「アルバイトの上石百合です」
雪に促され頭を下げる百合。
それを受け、依頼者は2人の前に名刺を差し出した。
「本庄守です」
差し出された名刺を受け取り、雪はその紙面に視線を落とす。すると、あらっと声を上げ。
「小学校の先生なのね。と言うことは、さっき言ってた職場というのは」
「はい、私が勤務している小学校に三つ首の巨大な犬の化物が現れているんです」
三つ首の巨大な犬。その単語に、依頼内容をパソコンに記入していた百合の手がピタリと止まる。
自然と脳裏に蘇るのは、あのイタチ型イビルのおぞましい姿。
また、あんな化物が……。
そう思い、ふと横に座る雪に視線を向ける。すると、本当にごくわずか、けれど確かに広角が上がり妖しく笑みを浮かべていたのだ。
「雪?」
その笑みにどこか危うさを感じた百合は、思わず声をかけてしまう。すると、くるりと反転して百合と向き直った雪は、いつものようなすました顔で。
「あら、どうかしたかしら百合」
「あ、いや何でも」
そのいつも通りの受け答えに、浮かび上がった不安を飲み込む。すると、蚊帳の外になってしまっていた守が伺うように声をかけてきた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「ごめんなさいね。ウチのバイトが私に見とれてしまって」
「そうですね、本当にすみま……って、見とれてないよ!?」
思わずツッコむ百合。
「それでは、詳しい依頼内容を」
しかし、雪によってそれはスルーされたのだった。
「で、早速来たのはいいけどどうして夜!?」
氷川相談所と同市内にある、私立小学校前。普段なら生徒たちの賑やかな聞こえる場所も、校門が締まり、夜の闇と静寂が支配している。
「どうしてって、依頼人が言っていたじゃない。過去起きた事件は夜間に起きてるから、夜九時に校門前に来てくれと」
「それはそうだけど。でも、イタチのイビルは日中に出たよ」
「あれは、あなたという存在があったから。普通は、特に下級のイビルは夜間に動くものよ」
「だとしてもさ、他の人に話を聞いたりさ」
そんなことを話していると、1台の車がゆっくりと近づいてきて、二人の前にピタリと止まった。
「すみません、お待たせしました」
バタンッと勢いよく運転席側のドアが開き、慌てた様子で守が降りてきた。
つい半日前にあったばかりなのに、その顔は二十代前半には見えないぐらいやつれていた。
そんな依頼人の様子に百合が戸惑っていると、守は、そのまま校門の解錠に取りかかる。
「呼び出したのに締め出しなんて、丁寧な扱いね」
そんな依頼人に雪がチクリと一言。
「いや、ほんとすみません。どうしても用事が」
「だとしても、他の教師に」
雪が追求を続けようとした時だ。ガラガラと重い音を立て、門が開いた。
「車を止めてきますので、中に入って待っててください」
すると、守は雪の言葉に答えることなく、足早に車に乗り込むと校門内に車を走らせた。
そんな依頼人の様子を見送り。
「百合、気を付けなさい」
「どうしたの?」
「あの依頼人、何か隠してるわ」
雪は、静かにそう告げた。




