衝突②
朝のホームルームも終わり1時間目の授業。百合達2年C組の生徒は調理実習室にいた。
「それじゃあ、前にも伝えた通り今日は肉じゃがを作っていきます」
教室前方、若い女性教師が黒板に板書しながら調理手順を説明していく。それをどこか遠くで聞きながら、百合はぼうっと考え事をしていた。
先程の楓の様子、あれは何だったのだろうか。
確かに、普段から他の子と仲良くしてたら嫉妬したりはしている。けれど、今朝のあの様子。あれは嫉妬というより、敵意に近い警戒のような。
そんな事を考えながら、じゃがいもと包丁を手に取り、皮を剥いていく。けれど。
「痛っ!」
ジャガイモが滑り、包丁で指を切ってしまったのだ。包丁を離し、傷口を手で押さえる。けれどその手のすき間から鮮血が。
「ちょ、会長大丈夫!?」
一緒の班の生徒たちが心配そうに近寄ってくる。
「先生! 会長が指切っちゃったみたい」
「え、ホント?」
報告を受けた教師が、慌てて教壇から百合のもとへ駆け寄る。
「大丈夫? 上石さん」
「すみません。ちょっとドジっちゃいました」
傷口を心配そうにのぞき込んでくる教師に、百合はおどけた調子でそう返す。
「勘弁してよ。怪我人でも出たら、私の査定に響くんだから」
「え、そっちの心配!?」
「はいはい。あなたのことも心配だから、早く保健室に行って治療してもらいなさい」
そう口にし、パンっと百合の背中を叩いた教師は室内をぐるりと見渡した。
「誰か保健室まで連れ添ってくれないかしら?」
教師の問いかけに、白い長い髪の女子生徒がスッと手を挙げた。
「私が同行します。保健室の場所も把握したいですし」
「転校生の氷川さんだっけ。それじゃあお願いできる?」
「喜んで」
微笑みながら、雪は百合のもとへ。
「百合、大丈夫かしら?」
「うん、ゴメンね。面目ない」
苦笑いを浮かべながら、百合は雪に付き添われ調理実習室を後にし保健室へ向かう。
「いやー、それにしても失敗しちゃったよ。ダメだね考えごとしながら包丁握っちゃ」
「あら意外。考え事してなければ失敗しないみたいな言い方ね」
「失礼な。去年入学して早々に切って以来だから、まだ2回目だよ」
「それは……十分多いと思うわよ」
そんな他愛もない会話を交わしていると、2人はいつの間にか保健室の前に到着していた。
「先生ー。調理実習で指切ったから手当てして」
保健室のドアを開け、本来ならいるはずであろう保健教諭に声をかける。しかし、返事がない。
「あれ、先生留守なのかな?」
そう思い、百合が保健室に一歩足を踏み入れた時だった。
「――よこせ」
ボソボソとした、そんな声が耳に届いたのは。
「え、何今の?」
不審に思い辺りを見回す。けれど、授業中の今、付添人である雪以外いるはずもなく。
「雪、今何か言った?」
「いいえ、私は何も言っていないわ。ただ」
恐る恐る尋ねる百合に、にべもない返事。
じゃあ、今のはただの幻聴?
「そこにいると、死ぬわよ貴女」
「……え?」
死。
雪から発せられた、普段、生活していて馴染みのないその単語。それが耳に届いた、その瞬間だった。
保健室内に突如として突風が吹き荒れたのは。そしてそれは風の刃となって、ベッドや薬品の入った棚をやすやすと切断した。
保健室内に散らばる、かつてはベッドや棚だった残骸。その光景は、百合に嫌でも思い起こさせた。数日前の、体育館倉庫の惨状を。
本能が警鐘を鳴らす。ここは危険だと。
それを理解するのと同時だった。
「稀血を、よこせ」
今度こそしっかりと届いたその言葉。弾かれたように、声の聞こえた前方に目を向ける。すると、さっきまで何もなかったはずのその場所に靄がかかっていた。
「靄……? 何か、いる?」
「そこまで見えるのね。なら、もっと目を凝らしなさい。大丈夫、貴女なら見えるはずよ」
いつの間にか傍らまで来て、肩に手を添えてきた雪に言われるまま、百合はさらに目を凝らす。
すると、次第と靄が晴れてくる。しかしそれと同時にそれがしっかりと姿を現した。
両手の先が巨大な鎌になっている、2メートルはゆうにある巨大なイタチの姿をした怪物が。
「ねぇ百合、ちょっと頬つねってくれない? 私寝ぼけてるみたい。イタチの化け物が見えてるんだけど」
「残念だけれど、現実よ」
動揺を隠せない百合を尻目に、雪はゆっくりとイタチの化け物へ近寄る。
「獣形、中級イビルね」
一歩力強く踏み込むと、雪は一気にイタチとの距離を詰めた。そして跳躍し、体の軸をひねりイタチの頬へ回し蹴りを放つ。
直撃。どこにそれだけの力があるのか、その一蹴はやすやすとイタチを吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。
それを確認し、雪は追撃を仕掛ける。
イタチがよろめきながらも立ち上がろうとする、その刹那。一拍早く、距離を詰めて首を踏みつけその場に釘付けにしたのだ。
「答えられるとは思えないけれど、一応聞いておこうかしら。貴方、グリードと名乗るイビルを知っているかしら?」
まるで氷のような、熱を感じさせない冷たい視線とともに投げかけられ言葉。どうにか抗おうとイタチがもがくが、踏む力を一層強め、百合がそれを許さない。
「そう、やはり知らないようね」
嘆息と同時、右掌をイタチに向ける。すると次第にその掌に火が集まり、バスケットボール大の火球を成した。
「なら、もう用はないわ。消えなさい」
放たれる火球。それはイタチを飲み込み、全身を燃やし尽くす。
やがて火球の火が消えると、その場にもうイタチの姿はなかった。




