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ようこそ氷川相談所へ

 学校からの帰り道、百合は数歩先を歩く雪の後をついて歩いていた。

『けれど私は貴女の存在を認めません。人外の貴女の存在は』

 その脳裏に思い返されるのは、1時間目に保健室で楓が雪に向けてはなった言葉。

 あの後、早退してしまったのか楓の姿を校内で見ることはなかった。そのせいで、その言葉の意味を問うことができなかったのだ。

「それで、雪。これからどこ行くの?」

前を歩く雪に問いかけるが、返事はない。

放課後、本来なら楓と帰る約束をしていたのだが、その本人が早退してしまったため暇を持て余していたら、雪に話があるから付いてこいと言われたのだ。

初めて会ったターミナル駅から少し外れた路地裏に入り、雑居ビルの立ち並ぶ通りへ。そのまま進むこと数分、やがてとあるビルの前で雪がピタリと足を止めた。

「この中よ。付いてきて」

ビルのドアを開け、雪が中に入っていく。その後を追うように、百合も恐る恐るといった様子で足を踏み入れた。

そのまま階段で2階に上がり、ある一室のドアを開ける。

入って正面の奥、窓際に事務机、そして二人が立っている入口側に長机を挟むようにソファが2つ置かれた部屋だ。

慣れた様子で雪はその部屋の中央、事務机の前まで行き、くるりと反転してゆりと向き直った。

「ようこそ、氷川相談所へ」


「さて、何から話そうかしら」

放課後、雪に連れられて訪れた氷川相談所。そのソファに向かい合うように腰を掛けると、開口一番そう問いかけてきた。

問われ、百合の脳裏に浮かんだのはあの異形の化物の姿。自然と恐怖から身を震わせる。

その様子を前に、雪は嘆息し。

「そうね、まずはあのイタチの化物から説明しましょうか。アレはイビル。人の悪意が形をなした存在よ」

「悪意?」

「そう。憤怒、嫉妬、強欲、怠惰、暴食、色欲、傲慢。それらが形をなし、人間に恐怖を植え付ける存在。元となった悪意の強さによって、定まった形を持たない下級、獣型の中級、人型の上級に分けられて、戦闘面の強さにも比例するわ」

獣型。その言葉を聞き、百合の脳裏に浮かび上がるのは、保健室に現れたイタチの化物。つまりはアレが中級ということなのだろう。

「奴らは人間に害をなし、恐怖を植え付け力となす。今までも学校内であったんじゃないかしら、学校内で恐怖を感じるような事件が」

「それは……」

雪のその言葉に、百合は学校内で起きていた、体育館倉庫を始めとした事件を伝えた。

その告白に、雪はやっぱりと呟き。

「そうしてコソコソ中級まで育ったのね。けれど今回、探していた獲物が目の前に現れたから姿を表した、と」

「獲物?」

雪の言葉にキョトンと首を傾げる百合。すると、雪はただ一点を指さした。

そう、眼の前の百合を。

「稀血を持つ人間。貴女よ、上石百合」

 雪にそう告げられ、目を丸くする百合。

「わた……し?」

 稀血。

 それはあのイタチの化物、いや、イタチのイビルも口にしていた言葉。けれど当然、百合には聞き覚えのない言葉で。

「え、ちょっと待って! あの化け物も言ってたけど、何なの稀血って。私そんなの」

「その前に伝えなければいけないけれど、イビルが餌にするのは、悪意の他にもう一つあるの。それが人間の生命力、精気」

「精気?」

「そう。その精気は血液と混じり全身を巡っているの。そして稀に規格外な濃度の精気を持つ人間が存在する。その人間の血液を稀血というの」

「稀血……。そんなのが私の全身に?」

 蛍光灯に手をかざし、マジマジと眺める。この体の中に、そんなものが流れているとは到底思えないが。

 そんな百合の様子を気にすることなく、雪は続ける。

「そして当然、襲われれば犠牲となり命を落とす人間も出てくる。その中でも稀に、強い恨みや怒りを抱いて死んだ人間が蘇ることがあるの。こんな風にね」

 そう告げ、立ち上がった雪はおもむろに自らの制服に手をかけ、脱ぎだした。

「雪!? ちょ、何してるの? 私達にはまだ早いというか、女の子同士だし」

 慌てて両手で顔を隠す百合。けれど、その指の隙間からしっかりと見えた。

 引き締まった肢体と、胸の膨らみ、そしてその少し下にある、深い、まるで何か大きな刃物で突き刺されたような傷跡。

 明らかな、致命傷と思えるような傷跡。

「強い恨みや怒りを抱いて死に、その強い思いで蘇った人間。それが私達、イビルを狩るもの、リベンジャー」

「リベンジャー……」

 制服を着直す雪を目の前にし、百合は呆然とした。

 眼の前にいる少女が蘇った人間? リベンジャー?

 とても信じられない、荒唐無稽な話だ。けれど、それと同時に本心では事実だと理解してしまった。

 致命傷と思えるような傷跡、人間離れした身体能力と火炎を出す能力、そして楓のあの言葉。

 それらを説明できるような理由なんて、それぐらいしかないのだろうから。

 そこまで考え、ふとある可能性が頭をよぎった。

 不思議な力は使っていない。けれど、雪がただの人ではないと気付いており、かつ、雪と同等の身体能力を見せた少女が一人いたではないか。

 その気付きに、百合は目を見開き、体を強張らせた。

 幼馴染で、小学生のころからずっと一緒だった。だからこそ、そんなわけないと思う。けれど、嫌と言うほど心臓が早鐘を鳴らす。痛いぐらいに。

 そんな百合を前に、雪はふっと微笑む。

「安心なさい。あの娘、龍宮寺楓は生きた人間よ。ただ、特殊な力は持っているようだけれど」

「……え?」

「あの娘もリベンジャーじゃないのかと心配したのでしょう? 顔に書いてあったわ」

 雪の指摘に、百合は顔を真っ赤にして俯きながらも、深く安堵の息をつく。

 しかし、それもつかの間。パッと顔を上げ。

「特殊な力って?」

「あの娘があなたに伝えていないのなら、私から言うべきではないわね」

「それは、そうかもだけど」

 またしても、顔を曇らせ俯いてしまう百合。そんな彼女を前に、雪はやれやれと溜息をつき。

「気になるのなら、本人に直接聞くことね。けれど、これだけは伝えておくわ。あの娘は間違いなくあなたの味方。それだけは覚えておいてあげなさい」

 そう伝え、雪はソファから立ち上がると、窓際にある事務机の方へと向かいその椅子に座り直した。

 そして、机の上に両肘を立てて手を組み、ニッコリと笑みを浮かべる。それはもう、すべての人間が見惚れてしまうような笑みを。

「それじゃあ、百合。明日からここでアルバイトをよろしくね」




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