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 鼻の奥に残る、鉄の、血の匂い。

 目の前に広がる血溜まり。

 その中心に、百合が立っていた。その双眸が、光を失い焦点の合わない瞳が楓を捉える。

『ねぇ、楓ちゃん。どうしてお父さんとお母さん動かないんだろう』

「上石さんっ!」

 叫び、飛び起きる楓。

 しかし、つい先程まで目にしていた惨状はそこにはなく。荒い息を繰り返しながら、周囲を見回し、ようやく自室の布団の上にいることを認識した。

 どうして自室に?

 上石家で夕飯をご馳走になり、帰ろうとして、それから……。

 唐突な吐き気。思わず口を手で覆う。

「そうだ。私、イビルに負けて」

 上石さんは?

 それに……。

 すると、部屋の戸が開き。

「目を、覚ましたのですね」

 様子を見に来たのであろう凛は、目を細めわずかに安堵の息を漏らすも、声は硬い。

 楓は、四つん這いになりながらも凛の下へ向かい、着物の裾を掴み見上げる。

「おばあ様、彼女は……上石さんは!?」

 孫のその様子に、凛は目を伏せ。

「ついて来なさい」

 その言葉に従い、凛の手を借りて自室を後に。

 夕日が差し込む廊下を歩き、しばらくして客間に到着した。

 硬い唾を飲み、ゆっくりと戸を引く。

 夕日が差し込む赤い部屋。いつもは机が出してある部屋の中央に布団が敷かれ、百合が上体を起こしてそこにいた。

「異変を感じ、私が向かった時にはすべてが終わっていました」

 そう答えた凛の視線の先には、百合が。

「あの空間一体に、異常なまでの精気が漂っていました」

「――え?」

「私達の気刃と同じです。彼女はそれと同じ事を精気を放出するだけでやってのけたのです。文字通り、私達とは桁違いな精気で」

 凛から顛末を聞いていると、今まで虚空を見つめていた百合の首がゆっくりと回り、焦点の合ってない瞳が楓を捉えた。

「あ、よかった楓ちゃん。無事だったんだね」

 いつも通りな言葉。ただ一つ違うのは、その声音に感情が全くなく、まるで自動再生されているかのような。

 その事実が、楓の胸を締め付ける。

「ねぇ、楓ちゃん。お父さんとお母さん見なかった? どこにもいないの。どこにも」

 駆け出し、気付いたら楓は百合を抱きしめていた。

「……なさい、ごめんなさい!」

「どうして楓ちゃんが謝るの? まだ、お父さん達寝ているだけで、化け物が――ばけ、も――ぃや……嫌!」

「上石さん!?」

「私のせいだ、私の――私の!」

  突如叫び声を上げ、頭を抱えうずくまる百合。 その豹変に、凛が慌てて楓を引き離す。

「なんで私が生きてるの?  死ななきゃ、死ななきゃ。私がいなければ化け物も」

  まるでうわ言のように、百合は壊れたレコーダーのように続ける。

  そんな彼女の様子を前に、楓は胸に痛みを感じた。まるで、心臓を握られ、潰されそうな。

  ――ダメだ、このままではきっと彼女は自分を責めて壊れてしまう。どうすれば、どうすれば!

「あ、あなたのせいじゃない!」

 それは、咄嗟に口をついて出た言葉だった。

「......え?」

「おじ様たちは強盗に殺された。しかたなかったの! だから、上石さん......ううん、百合のせいじゃない!」

 錯乱していた百合の動きがピタリと止まり、ゆっくりと、その視線が楓を捉える。  

 まるで縋る子供のように。

「……ごう、とう?」 

「えぇ、そう。強盗よ! あなたが留守の間に、強盗に襲われた」

「楓、あなた何を言って!」

 気付いた凛が止めに入るが、もう遅かった。

「だからあなたは悪くない、悪くないの!」

「そう、なんだ――」

 一瞬、百合の表情が和らいだかと思うと、そのまま眠るように気を失った。


 そして、目を冷ました時には、自身の血とそれにまつわるあらゆる記憶を失っていた。



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