カクシゴト
「それじゃあ、楓……と言うより、龍宮寺家の人達は、ずっとイビルと戦ってきたの?」
清峰学園屋上。相対した雪から楓が隠している一部を聞いた百合は、そう問いかけた。
足元がぐらつく感覚に襲われる。
優しい隣の家の凛ばあちゃんと、ちょっと距離が近い大切な幼馴染。二人が私の知らないところでイビルと戦っていたなんて。とてもでないが、雪の語った話を真実とは思えない。
けれどこの目で見てしまった。刀を振るう楓の姿を。
「ここからは想像。大方、同い年だから稀血の貴女の護衛をあの娘が任されていたんでしょう」
「そんな……。じゃあ、楓は今まで任務だから一緒にいてくれたの?」
「私に聞かないで。私は何でも知ってる便利屋じゃないわ」
「それは、そうだけどさ」
消え入りそうな声で返し、百合は俯いた。
楓の家系のことは分かっても、結局は分からないことが増えただけ。何一つ解決していない。やっぱり本人から直接聞くしか。
スマホを取り出し、けれど、百合の指がピタリと止まった。
今までの楓が、もし本当に任務のためだけの姿だったら? そう思うと、呼び出しを押そうとする指が震える。
落ち着かせようと、息を整え目をつむる。すると、脳裏に浮かんだ。
泣きながら逃げ出した楓の姿が――
違う!
そうだ。私がどう思われてたかなんて、今は関係ない。一番大切なことは、楓のために出来ることじゃないの?
百合は通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
「お願い、出てよ」
流れるコール音。しかし、一向に出る気配はない。
通話ボタンを切り、百合は乱雑にスマホをしまう。
「ごめん、雪。私用事ができた」
短く伝え、駆け出す百合。
その背に、ただ一言だけ雪から投げかけられた。
「一つ忠告しておくわ。周りを、そして自分を信じなさい」
「よく分かんないけど、分かった!」
バタンと音を立て、扉を閉め百合は屋上を後にした。
その慌ただしい後ろ姿を見送り、雪は苦笑を浮かべる。
「まったく。あれほど分かりやすい娘相手に、何を不安に思っているのやら」
そうして、雪もまた屋上を後にしようとした時、生暖かい風が頬を撫でた。
白銀の長い髪が風にさらわれ靡き、顔にかかる。
嘆息し、髪をかき上げ整える。すると、ひらけたその視界に、雪は息を呑んだ。
「……百合?」
ついさっき屋上をあとにしたばかりの百合が、目の前に横たわり、胸囲に傷跡を残し鮮血を流している姿を目の当たりにして。
瞬間、雪の脳裏にフラッシュバックするかつての惨状。グリードに胸を貫かれ、息絶えている花の姿。
これは……百合? 花?
早まり、荒くなる呼吸。
胸を抑えうずくまる。
違う。百合は屋上を後にしたばかりだ。それに、ここに花がいるはずがない。これは幻覚だ。
目を閉じ、ただひたすらに言い聞かせる。
大きく息を吐き、ゆっくりと目を開ける。すると、目の前に横たわっていた絶望は消えていた。
幻覚?
けれど、依然として雪の胸は早鳴っていた。
「何か、起きるというの?」
何回目だろうか。
机の上に置いてあるスマホが着信を知らせるアラームを発してる。
けれど、ベッドの上で膝を抱え蹲る楓は、わずかに顔を上げ視線を向けるだけで、それを手に取ることも、相手を確かめることもない。
見るまでもない。きっとあの子だから。
脳裏に浮かぶ、戸惑いをはらんだ表情。
屋上にはあの女もいた。百合ちゃんのことだ、きっとあの女から事情を聞き出そうとしたはず。
あの女、おばあ様の知り合いみたいだけど、どこまで知ってる? どこまで百合ちゃんに伝えた?
龍宮寺家のことは?
百合ちゃんの血のことは?
おじ様達のことは?
抱く腕に、爪が強く食い込む。
もし――記憶を思い出したら。
「百合ちゃん、ごめんなさい」
一人呟いた言葉が虚空に溶ける。
すると、返答の代わりにドタドタと慌ただしい足音が近づいてきて、ドアの前で止まり。
「楓、いる!?」
バンッと大きな音を立ててドアが開かれたのだ。
ゆっくりと顔を上げ、滲む視界で、肩で息するその人物を見上げる。
「百合……ちゃん」
唇が震え、嗚咽が混じる。
そんな様子の楓を前に、百合は部屋の奥まで行き、カーテンを明け放ち窓を開ける。
夕焼け前の日光が差し込み、室内を照らす。
「ダメじゃん、楓。こんなに暗くしてちゃ」
そして向き直り、楓の腕を取った。
「さぁ、出かけよ」
「――え?」
戸惑う楓。けれど、百合はそんな事気にすることなく、腕を引っ張り駆け出した。
かつて、二人が初めてあった小学校の帰りのように。
あぁ、やはり貴女は変わらない。
あの頃と同じように、私を光あるところに連れ出そうとしてくれる。
でも、だからこそ――
力いっぱい百合の手を振りほどく。
「あの女から聞いたのでしょう? もう、私のことは放っておいて」
「放っとけないよ!」
まるで心の全てを出し切ったような声量。
普段聞き慣れない百合のその大声に、楓はビクリと肩を震わせ。
百合はそんな彼女の目元にゆびをやり、
「だって、楓が泣いてるんだもん。放っとけるわけ、ないじゃん」
その涙をすくい、微笑みかけた。
「百合……ちゃん。わたし、私っ!」
楓が、その手を取ろうとした時だった。
百合の手を取ろうとして、ピタリと止まった。
「おぉ、嬢ちゃん。何か隠し事してんのか? いけねぇな」
突如としてかけられた男の声。
弾かれたように、百合たちの視線が声のした方へ向けられる。
部屋の奥、百合が背を向けている窓辺。
そのサッシに、黒衣の男が腰かけていたのだ。
サッシから降り、男はその鋭い視線で室内を見渡し、
「お、いたいた。お前だな」
その視線が百合に固定された。
視線が向けられたこともあり、百合が一歩足を踏み出す。
「だ、誰ですかあなた! 勝手に人の家に」
「ダメ、百合ちゃん!」
慌てて楓が駆け寄るが、遅い。
「お前が稀血の女だな。今日からお前の全て、俺が奪う」
「え、ちょ、何ですか!?」
「光栄に思え。招待してやる」
百合の腕を掴み、窓から飛び立ったのだ。
「百合ちゃん!」
慌てて楓も窓から飛び出し、視線の先、民家の屋根を飛び移るように走り去る男を追いかける。
けれど、男は暴れもがく百合を抱えながらだというのに、次第に離されていく。
ダメだ、追いつけない――
その時だった。ビルの屋上に着地した男の足元に、火球が直撃したのは。
男の足が止まり、楓もまた同じビルまでたどり着いた。
「嫌な予感がして来てみたら。言ったじゃない、雑念が多すぎると大切なものを守れないと」
上空から聞こえる癇に障る声。
見上げると、給水塔の上にいるその人物は不敵に笑みを浮かべた。




