崩壊
上石家で夕食をご馳走になり、帰宅しようとした時だった。
「下がって!」
突如現れたチーター型中級イビル。楓は上石家の三人を背で守るように躍り出て、気刃を構えた。
イビルもまた、楓を真っ先に潰すべき標的と認識したのか、上体を下げ、戦闘態勢。
その圧に脂汗が流れる。
思い出される祖母の警告。
百合を連れて逃げるだけなら、おそらく可能。けれどそうなったら百合の両親は?
僅かに視線を背後に向けると、洋次が春海と百合を守るように一家三人が固まっている。
二人を守ることは任務にはない。
けれど――
この二人を見捨てていいの?
「ここは私が抑えます。三人は私のい」
言い終えるよりも前。一瞬視線を離したその隙に、イビルの鋭い牙が目前に迫っていた。
鳴り響く金属音。
気刃でイビルの噛みつきを受け止めた。
筋肉が、骨が次第に悲鳴を上げ膝をつきかける。
両足に力を入れ踏ん張り直し、体のひねりを利用し、イビルを押し返そうとする。
すると、不意に手応えがなくなった。
楓が振り払おうと力を込めたのと同時、イビルが飛び退いたのだ。
勢いを制御できずに、大きく空振り体勢を崩す。
そこにイビルの追撃。鋭く伸びた爪を振り下ろしてくる。その一撃を気刃で防ぐが、完全に防戦一方。
一歩距離を取り、逆に楓が攻めに転じる。
相手は高速のチーター型。一気に距離を詰め、最速最短で突きを放つ。
その刺突が、イビルを突き刺した。
だが、強靭な筋肉が鎧として阻み、楓の刺突を受け止めたのだ。
引く抜くのも無理。手を離した瞬間、楓の視界は真下の床を捉えた。
半拍遅れて、後頭部への衝撃。
振り上げたイビルの前足が、頭部に叩きつけられたのだ。
顔面を床に強打。
床に手をつき、顔を上げる。すると、床にポタポタと赤い雫が落ち、鼻が熱を持つ。
強い。これが中級――!
「ダメ、楓ちゃん!」
耳に届いた声。
視線を上げる。すると、イビルの尾が目前に迫っていた。
ダメだ、間に合わない。
イビルの尾が楓の頬を強打した。
衝撃で脳が揺れ、視界がゆがむ。
視線の先では、もう楓への興味が失せたのか、百合たちににじり寄るイビルの姿。
「……わたしは、まだ――」
立ち上がろうとするが、視界が薄れていく。
意識が、深い沼へと落ちていく。
楓は気を失った。
――――
―――
――
「――っ」
一体どれだけ気を失っていたのだろうか。うっすらと目を開ける楓。
視界はまだぼやけ、血なまぐさい匂いが鼻を刺す。
「……上石、さん?」
痛む体を起こし、周りを見回し楓は言葉を失った。
しっかりとしてきた視界。それが真っ先にとらえたのは血の海。
「良かった。楓ちゃんは目を覚ましたんだね」
その中心で、目を覚ました楓に気付き微笑む百合。
けれど――
「ねぇ、楓ちゃん。おかしいの。お父さんとお母さんが動かないの」
足元に転がっているそれを焦点のあっていない瞳で見つめ、呟きながら笑みを浮かべている。
イビルは――
視線を周りに巡らす。すると、背後の廊下で黒い靄が消えようとしていた。
「お父さんとお母さんが動かないの。ねぇ、カイブツは……どこ?」
ぷつりと糸の切れた操り人形のように、百合はその場に崩れ落ちた。
「かみ……いし、さん」
どうにか百合の元まで向かおうと、楓が足を踏み出した時、慌ただしく玄関の戸が開いた。
その先にいたのは、鬼気迫る表情の凛。
祖母の姿を目にし安心した楓は、再度気を失った。




