団欒
「中級イビル……ですか?」
ある日、凛に呼び出された楓はそう聞き返した。
凛は孫に頷き返し。
「えぇ。この近隣で目撃情報が上がっています。万が一会敵した時は稀血の少女を連れて逃げなさい」
「何故ですか? 私なら」
「えぇ、十全な状態なら対応できるでしょう。ですが、相手は中級です。強さの他に、下級と圧倒的に違う点があります。あなたはまだ殺気を知らない」
「そんな物知らずとも」
「いいえ、なりません。下級は意思なく、ただ目の前の獲物を狩る存在。けれど、中級以上は違う。明確な意思を、殺意を持って狩りに来る」
反発しようとした楓の言葉をピシャリと遮り、返す凛。その圧に、楓は二の句を飲み込んでしまった。
「いいですか。必ず、彼女を連れて逃げるのですよ」
「ねー聞いてる楓ちゃん?」
凛とのやり取りのあった日の、下校時刻。隣を歩く百合が顔を覗き込んできた。
「え、えぇ。何?」
「あ、その顔は聞いてなかったな」
慌てて顔を上げる楓だが、心ここにあらずだったことがそこに書いてあったようで。百合は頬を膨らませた。
「ごめんなさい。考え事してた」
「考え事?」
それは、今朝の祖母との会話。そして。
口にしかけ、しかし楓は口をつぐんだ。いたずらに護衛対象をを不安にさせる必要もない。
「何でもないわ、気にしないで」
「そう? ならいいけど」
「うん。それで、話は?」
「そうそう。今度お父さんたちと遊園地行くんだけど楓ちゃんも一緒に行こうよ」
「遊園……地?」
予想だにしていなかった単語に、首をかしげる楓。
「もしかして遊園地知らないの?」
「さすがに知ってるわ。けどどうして私も? 護衛なら離れた所で」
「えー。遊ばずに他の人の後つけてたら不審者だよ、捕まるよ」
百合の言葉を受け、楓は遊園地で上石家の後をつける自身の姿を思い浮かべた。
確かに、あまりいい絵とは言えなさそうだ。
観念したように、楓は嘆息。
「分かったわ。おばあ様に聞いてみる」
「やったー、楓ちゃんと遊園地だ」
今にも踊り出しそうな軽い足取りで駆け出す百合。楓は慌ててそれを追いかけ、ふと背後を振り返った。
今日一日、下級イビルの気配を全く感じないことを不審に思いながら。
そのまま帰路につき、上石家玄関前。
「ただいまー」
百合が元気よく戸を開けると、百合の母、春海が廊下から玄関前にやって来た。
「おかえりなさい、百合。それに楓ちゃんもいつもありがとうね」
「いえ、任務ですので」
短く返し、反転しようとする楓。
「そうだ。よかったら、たまには夕飯食べていってよ楓ちゃん」
呼び止められ、足を止めて向き直る。
「え、楓ちゃんと晩ごはん食べれるの? やったー!」
「いや、私は」
「ね、たまにはいいじゃない。凛さんには私から伝えておくから」
詰め寄られる楓。百合一人にすら押し切られる楓が、二人がかりで迫られて拒否できるわけもなく。
「わかり……ました。ごちそうになります」
受け入れるしかなかった。
その後、百合の父洋次も帰宅し、四人で食卓を囲む。
「それじゃあ皆さん、いただきます」
百合の声とともに、全員が手を合わせて目の前のカレーライスにスプーンを進める。
「どう、楓ちゃん。辛すぎないかしら?」
「いえ、丁度いいです」
「そう、なら良かったわ。うちの子は甘口じゃないとダメだから、他の子はどうなんだろうって」
「え、楓ちゃんお父さんたちと同じの食べられるの?」
ヤンヤやんやと騒ぐ上石家女性陣の二人。返答するタイミングをつかめず楓が戸惑っていると、その様子を見ていた洋次が苦笑した。
「ごめんな、騒がしいだろ二人とも」
「あ、いえ。賑やかだなとは。いつも、おばあ様と二人だから」
「ご両親は、仕事で九州の方だっけ?」
洋次の問に、楓は頷く。
「そうか。どの家も大変だな」
カレーを口に運びながら、横目で楽しそうに話す百合と春海を眺め、楓が口を開く。
「あの、おじ様達も大変じゃないですか?」
「ん? 何が――あぁ、そういうことか」
楓の視線の先にある百合に気付き、洋次はスプーンを置き。
「まぁ、大変じゃないと言ったら嘘になるかな。初めて化け物にあの娘が襲われたときは腰抜かしたよ。でもね」
当時を思い出しているのか、苦笑を浮かべた洋次。しかし目を細め。
「本人が真っすぐ生きていてくれる。親は、それだけで幸せなんだ。楓ちゃんも大切な人ができたら、きっと分かるよ」
優しい笑みを浮かべたのだった。
その後夕食を食べ終わり、外もしっかり暗くなった頃。
「それでは、私はこれで。夜間はいつも通り別の者が周辺を護衛するので」
「あぁ、いつもありがとう。凛さんにもよろしく伝えてくれな」
「じゃあね、楓ちゃん。遊園地の約束忘れないでね」
玄関口で見送られ、戸に手をかけようとした時だった。
――ゾクリ
何か、寒いものが背筋を伝った。
背中に刺さる冷たい視線。手足が震え、カチカチと歯が鳴る。
今まで下級イビル相手には感じたことがない圧。
瞬間、楓は今朝の凛の言葉を思い返した。
「楓ちゃん、どうしたの?」
異変に気付いた百合が心配そうに声をかける。
ダメだ、このままでは。このままでは全員が。
意を決し、振り返る。すると、心配そうにこちらを見る上石一家の背後に、巨大なチーターの姿をした化け物、中級イビルが牙を剥かんとしていた。




