とある下校風景
「上石さん。下がってて」
ある夕方の下校途中。公園前で楓は短く発し、百合の前に躍り出た。さらに前方にいる不定形の姿をした、まさにスライムと呼べる下級イビルへと駆ける。
楓の接近に気付いたイビルが、体の一部をムチのように伸ばし叩きつけてくる。楓はそれを軸を回転させ跳躍して回避し、その手に気刃を顕現させ――勢いのままイビルを叩き切った。
その一閃で、下級イビルは黒い靄となって消滅した。
「楓ちゃん、ありがとー!」
それと同時、楓にドンッという衝撃。百合が飛びついてきたのだ。
「毎回毎回、抱きつくのやめて」
眉間にしわを寄せ、百合を引き剥がす。しかし当の百合は唇をとがらせ。
「えー、だって感謝の気持ちは伝えないと」
「じゃあ、抱きつく必要ないはず」
「それじゃあ感謝してるの伝わんないよ」
なおも不満げな百合だが、不意にぽんっと手を叩き、満面の笑みを浮かべた。
その笑みに楓は嫌な予感を覚えたが、もう遅かった。
「いいこと思いついたから、着いてきて」
「ち、ちょっと」
戸惑う楓の手を取り、引っ張り走り出したのだ。
そのまま走ること数分、二人はコンビニのアイスクリーム売り場の前にいた。
「はい、好きなの選んでいいよ。あ、でもハーゲンダッツはダメだよ高いから」
破顔一色な百合を前に、状況を飲み込めないでいる楓。そんな彼女の気も知らないで、百合は目の前のアイスに目を輝かせていた。
「楓ちゃんはどのアイスが好き? 私はねー」
その様子に、楓はようやく事態を飲み込めた。
「感謝のかたちで奢るから、選べと?」
「うん、そうだよ」
百合の返答を前に、再度アイス売り場に目を向ける楓。そこには、容器に入ったものや、棒付き、コーンカップ等様々なアイスが並んでいる。けれど。
「いらないわ」
「えー、なんで?」
「助けたのは任務、仕事。お礼なんていらない」
「そう。それじゃあ、お礼じゃなくて報酬にするね。それなら問題ないよね」
楓の言い分を、にっこり微笑みバッサリ叩き切る百合。
これはもう逃げれないと察した楓はため息をつき。
「……らないのよ」
「え?」
ポツリと呟いた言葉。ただ、聞き取れなかったのか百合は首を傾げた。
すると、楓は百合から顔を背け。
「分からないのよ、どれを選べばいいのか。アイスを食べたことないから」
ポカンとする百合。しかし、すぐにぽんと手をたたき。
「それじゃあ、一緒のにしよ? そしたら美味しいって気持ち共有できるもん」
そうと決まると、百合は早かった。売り場からオーソドックスなバニラアイスを二つ手に取ると、小走りでレジへと向かった。
会計を終えて、二人はコンビニの外へ。
「はい、楓ちゃんの分」
「ありが……とう」
カップ容器に入ったアイスと木製スプーンを受け取り、戸惑いながら礼を伝える。
けれど、今まで一度もアイスなどを食べたことがない楓にとって、食べ方なんて分かるはずもなく。百合の様子をうかがうと、蓋を取り、中のビニールを剥がしていたので、それに習ってみる。
そして、バニラの甘い香りを漂わせる真っ白なアイスに木製スプーンを突き刺し、すくった。
「いただき、ます」
パクリと一口頬張る。するとバニラの香りと甘さが口いっぱいに広がり。
「……おいしい」
二口、三口とどんどん進む。いつしかカップの底が見えてきたとき、楓はふと視線を感じた。
顔を上げると、百合が満面の笑みを浮かべていたのだ。
「……何か?」
「べっつに〜。ただ、楓ちゃんが笑ってるところ初めて見たなって」
「笑ってる……? 私が?」
自覚はない。けれど、不思議と嫌な気はしなかった。
食べ終え、空の容器をコンビニのゴミ箱に捨てて。
「それじゃあ帰ろうか、楓ちゃん」
二人が出会って二年目の、小学五年生の秋。その日はすぐそこに迫っていた。




