ともだち
「ただいま帰りました」
隣家に越してきた転校生上石百合に手を引かれるように帰宅した楓は、自宅前で別れ、玄関の戸を引いた。
すると、目の前には祖母凛の姿が。
「楓。少し話があります、私の部屋へ」
「はい、おばあ様」
促され、手洗いだけ済まし凛の部屋に向かう。
畳張りの部屋で、中央に足の低い長机が鎮座している。楓は机を挟むように、凛の対面に腰を下ろした。
「楓、今朝の話を覚えていますか?」
「隣家に越してくる話ですか?」
「えぇ。もうすぐ挨拶に来ると思いますが、その娘の事情について話しておこうと」
隣家の娘。その単語を耳にし、楓の脳裏に浮かぶのはこちらのことなどお構いなしに手を引く一人の少女。
「楓? どうかしたのですか」
「何が……でしょうか」
「いえ、不機嫌そうに見えたので」
戸惑いを含んだ祖母の声。ペタペタと自身の顔を触ってみるが、もちろん分かるはずもなく。
「すみません。それで、お話というのは」
「稀血――というものを、聞いたことはありますね?」
「はい。常人を遥かに凌ぐ精気を持つ人間の血液です」
「そう。そして隣家の一人娘、上石百合がその稀血です」
その言葉に、特段驚きはなかった。むしろ、あの肌を刺すような強大な精気も、稀血と言われれば納得がいく。
「驚かないのですね」
「はい、実は――」
百合がクラスに転校してきたことを伝える。すると、凛は僅かにくすりと笑みを浮かべ。
「そう、なら話は早いですね。あなたには、その少女の護衛を命じます」
「私がですか?」
楓がそう口にしかけた時だった。来客を知らせる呼び鈴がなったのは。ややあって、複数人が廊下を歩く足音が聞こえ。
「大奥様。上石様がお見えになりました」
襖越しにかけられる家政婦の声。
「入っていただきなさい」
凛がその声に答えると、襖が開き、そこには家政婦の他に三十代前半に見える男女と、つい先程別れたばかりの百合の姿があった。
凛は立ち上がり、ゆっくりと頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました。龍宮寺家当主、龍宮寺凛でございます」
祖母のその姿を見て、楓も習い立ち上がり頭を下げる。
「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。上石洋次と、妻の春海、それから娘の」
「はい、娘の百合です」
ぱっと手を挙げた百合は、父の言葉を遮り自ら挨拶をした。その姿に凛は目を細め。
「そう、百合ちゃんというの。元気があっていいわね」
「うん、元気なだけが取り柄です」
凛の言葉に屈託のない笑みで返す百合。そんな娘を両親が窘め。
「こ、こら百合」
「いいんですよ。百合ちゃん、お父さん達は今からおばあちゃんとお話があるから、しばらく孫の楓と遊んでてくれないかしら。クラスメイトになったのでしょう?」
「ううん、クラスメイトじゃなくて友達だよ。ね、楓ちゃん」
百合の言葉に、しかし楓は戸惑いを隠せない。
とも……だち?
今日会ったばかりで? 友達って、何?
「楓? どうしたのです」
凛の呼びかけに、思考が戻る。
「……いえ。自室に行きます、着いてきてください」
「はーい」
頭を下げ楓が退室すると、百合はトテトテと着いてきた。
長い廊下を歩き、二階へ。
「ここで待っててください」
ある一室の前で足を止めた楓は、そう告げて戸を開けた。
「おっ邪魔しまーす」
遠慮なく足を踏み入れる百合。
そして、部屋の中を眺めて第一声。
「何にもない部屋だねー」
確かに百合の言うとおり、畳張りの部屋の中には勉強机があるだけで、テレビや人形、漫画といったおよそ小学生女子が好みそうなものは何一つなかった。
その事自体は楓自身自覚も自認もしているし、不満なんてない。けれど、なぜだろうか。
「支障ありません」
心のなかで、何か言いようのないものがぐるぐる渦を巻いているのは。
「それで、楓ちゃんはもう聞いたのかな? 私のこと」
言いようのない気持ちに戸惑いを隠せないでいると、部屋の中を見て回っている百合から不意に投げかけられた予想だにしていなかった言葉。
思わずパッと顔を上げる
「あなた、自分が稀血だと知って……」
「そりゃあね、ずっとカイブツに襲われてたらね。稀血ってのは、引っ越してくる前に楓ちゃんのお婆ちゃんから聞いたけどさ。とりあえず、お世話になります」
そう口にし、ペコリと頭を下げる百合。
その姿に、楓の内にあったモヤモヤがさらに大きくなる。
「なぜ……?」
「え、何々?」
「なぜ、笑っていられるの? あなた、自分の存在が周りに負担をかけていることを」
「だって、私が曇ってたらお父さん達が余計心配するじゃん」
そう口にし、今までと違い、どこか困ったように笑う百合。
目の前の少女は、ただ能天気で考えなしだと思っていた。けれど、もしかしたら……。
自分の命が狙われ、それでも他人のために笑っていられるのは何よりも強いのでは。
「おーい、話終わったから降りておいで」
突然耳に届いた呼ぶ声に、ハッとわれに返る楓。
百合から顔を背けるように、部屋を後にした。




